きりやはるかの生い立ちと家族|小学生から親友のあんりを芸人に誘い、ぼる塾結成へ

人物プロフィール

本名
桐谷 晴香
生年月日
1995年1月28日
身長
158cm
血液型
A型
出身地
東京都 江戸川区
コンビ・グループ名
ぼる塾
相方・メンバー
酒寄希望、あんり、田辺智加
結成年
2019年
所属事務所
吉本興業
養成所・スクール
NSC東京校 20期

ぼる塾のきりやはるかさんは、明るい表情と独特のテンポでテレビや劇場に立ち、メンバーの日常を撮る写真好きとしても知られています。

現在は田辺智加さん、あんりさん、酒寄希望さんと活動していますが、その芸人人生をたどると、始まりは東京都江戸川区で過ごした子ども時代まで戻ります。

なかでも長い付き合いになるのが、後に「しんぼる」の相方となり、現在もぼる塾で一緒に活動するあんりさんです。

2人は小学生からの幼なじみで、きりやさんのほうから中学生のころに「一緒にお笑い芸人になろう」と誘いました。

その誘いは一度断られますが、高校卒業を控えたころには、きりやさんはすでにNSCへ入るためのお金を準備しており、そこから幼なじみ2人の芸人人生が本格的に動き始めます。

きりやはるかの生い立ちと家族|江戸川区で育った子ども時代

きりやはるかさんは東京都江戸川区で育ちました。

本人は後年、父子家庭で育ったことを明かしており、家族には父親と姉がいます。

父親はきりやさんの記憶では厳しく頑固なタイプでしたが、芸人を目指すことを伝えたときのやり取りは、もう少し先の高校卒業前に大きな場面として登場します。

小学校であんりと出会い、長い付き合いの幼なじみに

あんりさんとの付き合いは、芸人になってから始まったものではありません。

2人は小学生のころからの友人で、学校だけでなく放課後も一緒に過ごす間柄になっていきました。

きりやさんは2015年、あんりさんの誕生日を祝う自身のXで「小学校で出会ってから」と書いており、まだ「しんぼる」として活動していた時期から、その長い関係を公に振り返っています。

大人になってコンビを組んだ2人ですが、子どものころから「お笑いコンビ」のような組み合わせだったわけでもありません。

小学生時代には、きりやさんとあんりさんを含む友人4人で、当時好きだったKAT-TUNを意識しながら、それぞれの頭文字を使ったユニット名を考えて遊んでいました。

その後は「しらたまーず」と「ところてんず」という2組に分かれ、きりやさんとあんりさんは別々の組になっていたというので、現在の関係を知っていると少し意外な子ども時代です。

授業中も放課後も眠っていた小学生時代

子どものころのきりやさんについて、あんりさんがよく覚えているのが、とにかくよく眠っていた姿です。

本人も当時について、授業中だけでなく放課後にも眠っていたと話しています。

「授業中も放課後も寝てた」

Aneひめ.net

あるときには、きりやさんがあんりさんの家に遊びに来ていたものの、あんりさん本人が外出している間に眠ってしまい、帰宅すると祖父母と一緒に川の字になって寝ていたこともあったそうです。

後に舞台へ立つ姿からは想像しにくいものの、子どものころの具体的な思い出として残っているのは、人前で目立っていた話ばかりではなく、こうした日常の場面でした。

『爆笑レッドカーペット』『エンタの神様』に夢中になり芸人へ憧れる

そんな小学生時代に、きりやさんの中で少しずつ大きくなっていったのがお笑いへの興味でした。

『爆笑レッドカーペット』や『エンタの神様』などのお笑い番組を夢中で見るようになり、テレビの向こう側にいる芸人をただ楽しむだけでなく、自分も人を笑わせる側になりたいと思うようになります。

「私もみんなを笑わせたい、笑顔にしたい」

HugKum

この時点ではまだ養成所やコンビの話が具体化していたわけではありませんが、お笑いを見ることから「自分もやりたい」へ気持ちが変わったのは、小学生のころでした。

中学時代|学校へ行く日が少ない時期と、あんりを芸人へ誘った最初の一歩

小学校を卒業したあとも、きりやさんとあんりさんの関係は続きました。

2人はともに江戸川区立瑞江第二中学校へ進み、同校も後年、2人が卒業生であることを紹介しています。

朝起きるのが苦手で、学校へあまり来ていなかった時期

中学生のころのきりやさんについて、あんりさんはテレビ番組で、朝起きることが苦手で学校にほとんど来ていなかった時期があったと振り返っています。

登校したときには眉毛をかなり細くしていたこともあり、きりやさん本人は当時、自分の太い眉毛が嫌だったことを話していました。

また、中学から高校初期にかけてはコスプレも楽しんでおり、芸人になった後の2018年には、自身のXへ当時のコスプレ写真を投稿しています。

学校生活だけを見れば、毎日決まったリズムで通っていたタイプではありませんでしたが、お笑いへの興味は消えていませんでした。

中学生であんりに「一緒に芸人になろう」と誘うも一度断られる

小学生のころからテレビのお笑い番組に夢中だったきりやさんは、中学生になると、見るだけだったお笑いを具体的な進路として考えるようになります。

そこで声をかけたのが、長く一緒に過ごしてきたあんりさんでした。

「一緒にお笑い芸人になろう」

HugKum

ところが、当時のあんりさんは自分から積極的に前へ出るタイプではないと考えており、この誘いを一度断っています。

最初の芸人への誘いは、すぐにコンビ結成へつながったわけではありません。

中学校を卒業すると2人は別々の高校へ進み、それぞれの学校生活を送ることになります。

高校卒業前に芸人への進路を決断|NSC資金を先に貯めていた

中学での誘いから時間がたっても、きりやさんの中では「芸人になる」という進路が消えていませんでした。

むしろ高校卒業が近づくころには、思いつきでは済まないところまで準備が進んでいました。

別々の高校へ進み、卒業が近づいたころにあんりと再び合流

高校では別々の道を歩んでいた2人ですが、卒業後の進路を決めるころになると、再びお笑いの話が現実味を帯びます。

あんりさんによれば、きりやさんから進路について「で、どうする?」という感覚で話を振られたとき、あんりさんの側は、中学時代に一度断ったつもりでいました。

ところが、きりやさんは以前あんりさんから言われた「もしお笑いを一緒にやるなら、はるちゃん」という趣旨の言葉を強く覚えており、あんりさんも芸人を目指すものだと思っていました。

数年を挟んでいたにもかかわらず、2人の間では芸人になる話が完全には終わっていなかったことになります。

定時制高校を卒業するまでにNSCへ進む準備をしていた

きりやさんは定時制高校へ通い、卒業を迎えるまでにNSCへ進むためのお金を自分で準備していました。

あんりさんが進路の話を聞いた時点で、きりやさんはすでに入学資金を貯めており、「あんりは貯めていないの?」という状況だったといいます。

そこであんりさんもアルバイトを増やし、NSCへ進むための資金を急いで用意することになりました。

中学で一度断られていたのに、高校卒業前には「2人でNSCへ行く」前提で資金まで用意していたのが、きりやさんの芸人への決断をよく表す場面です。

姉に協力してもらい、厳格な父へ芸人志望を伝える

NSCへ進む準備ができても、家庭にはもう一つ越えなければならない場面がありました。

父子家庭で育ったきりやさんにとって、厳しく頑固だった父親へ「芸人になる」と伝えることは簡単ではなかったといいます。

先に芸人志望を知っていた姉へ協力を求め、父親へ話す場を作りました。

きりやさんは反対されることも覚悟していましたが、父親から返ってきたのは予想とは違う言葉でした。

「やるからには結果を残せよ」

HugKum

父親は、自分には夢がなかったため、やりたいことがあるのはいいことだという趣旨の話もしてくれたそうです。

きりやさんは、この進路報告を境に父親との関係も以前より良くなったと振り返っています。

東京NSC20期へ|幼なじみ2人で本格的にお笑いの道へ

高校を卒業すると、きりやさんとあんりさんは東京NSC20期として、お笑いを学ぶ生活へ進みました。

中学生のころにきりやさんが口にした「一緒に芸人になる」という話が、ここで養成所生活として現実になります。

あんりと同じ東京NSC20期で芸人生活をスタート

吉本興業の公式プロフィールでも、きりやさんの経歴は東京NSC20期と記載されています。

同じ20期にはあんりさんのほか、後に3時のヒロインで活動するかなでさんらも名を連ねています。

芸人を目指すことそのものは小学生のころから考えていましたが、NSCに入ってからはネタを作り、人前で見せ、周囲の芸人志望者と同じ場所で評価される生活へ変わりました。

中川家やタカアンドトシのネタを書き起こして研究

きりやさんは後年、NSCにいたころを、自分が特にお笑いへ熱中していた時期として振り返っています。

「私はNSCの時が一番燃えていましたね」

HugKum

そのころ行っていたのが、面白いと思った芸人のネタを最初から最後まで文字に書き起こす作業でした。

あんりさんの記憶では、きりやさんは中川家やタカアンドトシのネタを書き起こしており、きりやさん自身も、文字にするとネタが頭に残ったと話しています。

テレビで漫才を見ていた小学生時代から数年後、今度はプロの漫才を教材のように一つずつ書き出しながら学んでいました。

NSCを経て、2016年に「あんり」としんぼるを結成

NSCで学んだあと、きりやさんとあんりさんは「しんぼる」として活動するようになります。

M-1グランプリ公式でも、しんぼるの結成年は2016年と記録されています。

小学生で出会い、中学生で一度芸人へ誘い、高校卒業前に再び進路を合わせた2人が、ここでプロのコンビとして同じ舞台へ立つようになりました。

しんぼる時代|結果が出ない若手生活から解散寸前へ

コンビを組めば、すぐに仕事が増えたわけではありません。

しんぼるとしてライブや賞レースへ挑戦するなかで、きりやさんたちは先輩コンビの猫塾とも交流を深めていきました。

先輩コンビ「猫塾」と交流しながら舞台を続ける

猫塾は田辺智加さんと酒寄希望さんのコンビで、NSCではきりやさんたちより先輩にあたります。

しんぼると猫塾は仕事だけの関係ではなく、プライベートでも付き合いが増え、後のぼる塾につながる距離の近い関係になっていきました。

このころからきりやさんは田辺さん、酒寄さん、あんりさんの写真をよく撮っており、その写真が何年も後になって別の形で日の目を見ることになります。

あんりが芸人を辞めようとし、きりやが引き止める

しんぼるで活動を続けるなか、2人にはコンビそのものが終わりかけた時期もありました。

あんりさんが芸人を辞めると言い出し、きりやさんは、あんりさんを面白いと思っていたため引き止めました。

それでも話は解散する方向へ進み、2人は「終わるなら最後にライブをやりたい」と考えるようになります。

しかし、しんぼるだけでは十分な客を呼ぶことが難しかったため、以前から世話になっていた猫塾と一緒にライブを行うことになりました。

しんぼるにとって最後になるかもしれなかったライブが、結果的には新しいグループが生まれる場所になりました。

2019年にはM-1で初の準々決勝へ

2019年には、しんぼるとしての活動にも一つの結果が残っています。

M-1グランプリ2019で初めて準々決勝まで進出し、きりやさん自身も前日に「あんりと楽しむ」とXへ投稿していました。

「結果が出ない若手時代」と一言でまとめると見えにくくなりますが、解散を考えるほど悩む時期がありながら、その年にはコンビとしてM-1で過去最高のところまで進んでいました。

2019年に「ぼる塾」誕生|3人漫才の大ウケが人生を変えた

しんぼると猫塾が一緒にライブを行うことになったことで、きりやさんの芸人人生は予想していなかった方向へ動きます。

最初から「4人組を作ろう」と集まったわけではなく、予定通りに舞台へ立てなくなったことから現在の形が生まれました。

酒寄希望が出演できなくなり、急きょ3人で漫才へ

しんぼると猫塾によるライブを控えたころ、酒寄希望さんは妊娠中で、つわりがひどくなったため出演できなくなりました。

舞台に残ったのは、きりやさん、あんりさん、田辺さんの3人です。

そこでライブの作家から3人でネタをする案が出て、急きょ3人漫才を披露することになりました。

この3人でやったネタに、きりやさんたちはそれまでとは違う手応えを感じます。

「その3人でやったユニットネタが、人生でいちばんウケたんです!」

FANY Magazine

しんぼるを終えるために企画したはずの舞台で、それまで以上の笑いが起きたことになります。

3人漫才の手応えから、あんりが田辺智加を誘う

舞台を終えたあと、あんりさんは田辺さんと一緒に活動することを望むようになります。

田辺さん側も3人漫才に手応えを感じていましたが、長く一緒にやってきた酒寄さんを置いて自分だけが移るという選択にはなりませんでした。

そこで出たのが、ライブ作家からのシンプルな提案でした。

「それなら4人でやればいいじゃん」

Aneひめ.net

「しんぼる」と「猫塾」のどちらかを残すのではなく、4人全員で新しいグループとして活動する道がここで生まれました。

「しんぼる」と「猫塾」が合流し、2019年12月7日に正式なぼる塾へ

3人での活動では「ぼる塾」という名前を使い、2019年のM-1グランプリにも出場して3回戦まで進みました。

一方、きりやさんとあんりさんは同じ年に「しんぼる」としてもM-1へ出場し、こちらでは準々決勝まで進んでいます。

M-1公式ではぼる塾の結成年が2019年4月1日と登録されていますが、吉本興業の公式プロフィールでは2019年12月7日が結成日です。

2019年中に3人のユニットとして動き始め、その後、酒寄さんを含む4人組として正式に一本化されたと整理すると、この二つの記録が示す時期の違いもつながります。

12月7日、きりやさんは自身のXで、猫塾としんぼるが「ぼる塾」という名前で4人組として正式に組むことになったと発表しました。

酒寄さんは当時育休中だったため、テレビや劇場では主にきりやさん、あんりさん、田辺さんの3人で活動しながら、4人組のぼる塾として歩き始めました。

ぼる塾結成後|2020年にテレビ露出が急増しブレイク

ぼる塾として正式に動き始めると、状況はしんぼる時代から大きく変わっていきます。

きりやさんは後年、結成後はオーディションへ行き、そこから仕事をたくさんもらえるようになったと話しています。

結成直後のオーディションからテレビ出演が増え始める

2020年に入ると、『ネタパレ』などのネタ番組だけでなく、さまざまなバラエティー番組へ呼ばれる機会が増えていきました。

3月には、きりやさん自身が番組出演後に「最近いろんな番組に出させていただけて」とXへ投稿しており、結成から数カ月で仕事の変化を感じられる状態になっていました。

しんぼるとして何年も舞台へ立ってきたあと、新しい3人の並びで出演したことを境に、テレビで名前と顔を知られる速度が上がっていきました。

2020年のブレイク芸人として名前が挙がるまでに

テレビ出演が重なるにつれ、ぼる塾の名前は一気に広がりました。

田辺さんの「まぁね~」や、あんりさんのツッコミなどメンバーそれぞれのキャラクターも知られるようになり、きりやさんも3人の掛け合いの中で全国放送へ出演する機会が増えていきます。

ORICON NEWSの「2020年 ブレイク芸人ランキング」では、ぼる塾が8位に入りました。

ぼる塾が正式結成された2019年12月から、わずか1年ほどで「ブレイク芸人」として名前が挙がるところまで状況が変わりました。

さらに2021年上半期には、前年同期と比べてテレビ番組出演本数を大幅に増やしたタレントとしても取り上げられ、2020年だけの一時的な露出ではなく、その後も仕事量を伸ばしていきました。

THE W決勝進出も、仕事が広がっていた時期の一つの出来事に

2020年には『女芸人No.1決定戦 THE W』決勝にも進出しています。

ただし、ぼる塾の場合はTHE Wの決勝だけを境に突然知られたわけではなく、その前からテレビ番組への出演が増え、同じ年のなかで認知度が上がっていました。

オーディションで仕事が増え、バラエティーで名前が広がり、その流れの中に賞レース決勝も加わったという順番です。

一度は終わりかけたしんぼるから、偶然生まれた3人漫才を経て、活動の規模は大きく変わっていきました。

現在のきりやはるか|昔から撮り続けた写真が仕事にも

ブレイク後も、きりやさんはぼる塾としてテレビ、劇場、YouTubeなどで活動を続けています。

吉本興業の現在の公式プロフィールには、趣味の一つとして「スナップ写真」も記載されています。

テレビ・劇場・YouTubeへ活動の場が広がる

ぼる塾はブレイク後、ネタだけでなくロケやトーク、YouTubeなどへ活動の場を広げていきました。

きりやさん個人でもゲーム配信や写真に関する活動があり、しんぼる時代とは仕事の種類そのものが増えています。

2026年にも本人の公式Xでは、ぼる塾のYouTube更新や日々の活動について継続的に発信されています。

小学生から続くあんりとの関係は、ぼる塾になっても変わらない

現在のぼる塾をたどっていくと、最も長い時間を共有しているのはやはりあんりさんです。

小学校で出会い、一緒に遊び、中学ではきりやさんが芸人へ誘い、高校卒業前に再び進路を合わせ、NSCからしんぼるまで同じ道を歩いてきました。

しんぼるが終わりかけたときにも、きりやさんはあんりさんを引き止めようとし、その後2人そろってぼる塾へ移っています。

芸人を目指す前から知っている友人が、そのまま養成所の同期、コンビの相方、現在のグループメンバーへ変わっていった関係です。

若手時代から撮りためたメンバー写真が5周年記念アルバムへ

もう一つ、昔から現在まで途切れず続いているのが写真です。

きりやさんは、ぼる塾を結成する前のしんぼる・猫塾時代から、田辺さん、酒寄さん、あんりさんを撮影していました。

楽屋や移動中、プライベートで一緒にいるときなど、仕事用に撮った写真だけではなく、身近なメンバーだから撮れた日常の写真が長い年月をかけて蓄積されていきます。

その写真は2025年、太田出版から発売された『ぼる塾5周年記念アルバム「#大好き」』として一冊にまとまりました。

収録されたのは、ぼる塾結成後だけではなく、それ以前から約10年にわたって撮りためてきた写真です。

若手時代に仲間を撮るために持っていたカメラが、10年後には自分の名前で写真集を出す仕事につながりました。

父子家庭で育った江戸川区の小学生時代にお笑い番組へ憧れ、中学生で幼なじみのあんりさんを芸人の道へ誘ったきりやはるかさん。

しんぼるが終わりかけたときに開いた舞台から3人漫才が生まれ、その出来事を経て4人組のぼる塾へ進みました。

現在も隣には小学生のころから知るあんりさんたちがいて、若手時代から撮り続けてきた写真まで新しい活動へつながっています。

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