人物プロフィール
TCクラクションの坂本NO.1さんは、大きな声を生かした漫才とコントの両方で舞台に立ち続けているお笑い芸人です。
2025年にはM-1グランプリ準決勝へ進み、2026年には漫才とコントの二刀流で争う「ダブルインパクト」の決勝にも進出しました。
現在は古家曇天さんとのTCクラクションで知られていますが、坂本さんがお笑いの世界へ入ったのは2000年代までさかのぼり、最初に長く活動した相手は高校時代から知る友人でした。
2008年にドリーマーズを結成してから、解散、複数のコンビやユニット、ピン活動を経て、2019年に現在のTCクラクションへたどり着いています。
テレビで見かけるようになるまでには、ひとつのコンビだけでは語れない長い時間がありました。
坂本NO.1の生い立ちと家族|埼玉県児玉郡で育った学生時代
坂本NO.1さんは1983年5月2日生まれで、グレープカンパニーの公式プロフィールでは埼玉県児玉郡出身とされています。
父親、母親、兄弟姉妹の人数や職業など、幼少期の詳しい家族構成は公式プロフィールでは公表されておらず、家族について多くを語ってきたタイプではありません。
一方で、学生時代にどんなことへ打ち込んでいたのかは、所属事務所のプロフィールから具体的にたどることができます。
中学・高校ではサッカー、大学では空手に打ち込む
中学生になるとサッカーを始め、高校でもそのままサッカーを続けました。
大学へ進んでから選んだのはサッカーではなく空手で、中学から大学まで何らかのスポーツに関わる学生生活を送っています。
現在のプロフィールに残る「中学・高校はサッカー、大学は空手」という経歴は、芸人になる以前の坂本さんを知る数少ない具体的な学生時代の情報です。
所属事務所のプロフィールには、現在の趣味としてホラー小説を読むこと、特技として「雨にすぐ気付くこと」も記載されています。
高校の同級生・戸矢秀一との出会い
高校時代、のちに最初の長期コンビの相方となる戸矢秀一さんと出会っています。
2016年にドリーマーズが解散した際、お笑いナタリーは二人を「高校の同級生」だったと紹介しており、芸人になってから知り合った二人ではありません。
高校を卒業してからもつながりが続き、数年後には二人で漫才を始めることになります。
学生時代の坂本さんについては学校名や日常生活まで一次資料で詳しく残っているわけではありませんが、高校時代にできた友人との縁が、その後の芸人人生へ持ち越されたことは確認できます。
高校時代の同級生と、お笑いの道へ
大学までスポーツを続けていた坂本さんは、卒業が近づくころから芸人として知られていたわけではありません。
ここで再び人生に入ってくるのが、高校の同級生だった戸矢さんでした。
戸矢から声をかけられた芸人への転機
坂本さんの経歴を扱ったプロフィールでは、大学時代の就職活動期に戸矢さんからお笑いへ誘われたことが、芸人になる直接のきっかけとして紹介されています。
少なくとも、その後の活動記録から確実にたどれるのは、高校時代から知る戸矢さんと二人で芸人生活を始めたという流れです。
それまでの学生生活から大きく方向を変え、高校の同級生と一緒にお笑いの道へ進みました。
戸矢さんには海外を旅したりミャンマーで修行したりした経験があり、のちのライブでもその経歴がネタになるほど、坂本さんとはかなり違った道を歩んでいた人物でした。
二人が再び一緒になったところから、坂本さんの長い芸人生活が始まります。
2008年、高校の同級生とドリーマーズを結成
2008年、坂本さんと戸矢さんは「ドリーマーズ」を結成しました。
当時の坂本さんは現在の「坂本NO.1」ではなく、本名の坂本崇裕で活動しており、2015年のTBSラジオ「Laughter Night」の出演記録にも戸矢秀一さんと坂本崇裕さんの名前が並んでいます。
ドリーマーズはプロダクション人力舎に所属し、漫才を中心に活動するようになりました。
現在のTCクラクションから坂本さんを知った場合、2019年から芸歴が始まったようにも見えますが、それより11年前にはすでにコンビを組んで舞台へ立っていたことになります。
ドリーマーズ時代|人力舎のライブで漫才を続けた8年間
ドリーマーズとしての活動は短期間ではなく、2008年から2016年まで約8年間続きました。
この時期の坂本さんは、人力舎のライブへ出演しながら漫才を作り、現在とは違う相方と舞台経験を積んでいます。
「バカ爆走!」「ギャンブル6」でライブ経験を重ねる
ドリーマーズは人力舎の若手ライブ「バカ爆走!」などに出演し、テレビより先にライブの現場で活動を続けていました。
2013年には、三四郎、浜口浜村らと出演していたユニットライブ「ギャンブル6」で、新ネタの順位を競う企画にも参加しています。
このときドリーマーズは最下位となり、罰ゲームとして「0円ダーツの旅」へ行くことになりました。
「旅、嫌なんですよー」
お笑いナタリー
一方の戸矢さんはミャンマーで修行した経験があり、行き先としてミャンマーを希望するなど、二人の反応にもかなり差がありました。
こうしたライブの企画に参加しながら、ドリーマーズは毎月のように舞台へ立つ若手コンビとして活動していきます。
当時の坂本さんを知る芸人の言葉も残っています。
S×Lの酒井啓太さんは2015年、プライベートでも親しかった坂本さんについて、舞台上の印象を次のように話していました。
「普段はぶっとんだ感じの漫才や、見たことがないような漫才をやっている人です。」
週刊女性PRIME
現在のTCクラクションとは違う相方、違う形の漫才で、すでに坂本さんは長くライブの現場に立っていました。
M-1やLaughter Nightへ挑んだ人力舎時代
ドリーマーズはM-1グランプリにも挑戦しながら、ラジオのお笑いネタ番組にも出演するようになります。
2015年10月にはTBSラジオ「Laughter Night」へ出演し、公式記録では「漫才」と明記されています。
このころも左に戸矢さん、右に坂本さんという二人で舞台へ立っており、現在のTCクラクションで向かって右に立つ坂本さんにつながる姿を確認できます。
ただし、大きな賞レースの決勝進出をきっかけに一気にテレビへ出たわけではなく、ドリーマーズとしての日々はライブ中心で続いていきました。
2016年11月、8年間活動したドリーマーズが解散
2008年から続いた二人の活動は、2016年11月7日に区切りを迎えます。
ドリーマーズは約8年間の活動を終え、解散しました。
高校時代から知る相手と始めた最初の長期コンビだっただけに、ここで坂本さんの芸人人生がいったん大きく切り替わります。
解散時、戸矢さんは今後について「現時点ではほぼ何も決まっておりません!」とコメントしており、二人はそれぞれ別の活動へ進みました。
坂本さんも、すぐに現在のTCクラクションを結成したわけではありません。
ドリーマーズ解散から古家曇天さんと組むまでには、さらに約2年半の試行錯誤がありました。
ドリーマーズ解散後|複数コンビとピン活動を経た2017〜2019年
2016年までの坂本さんを知る人にとって、次の数年間は現在のTCクラクションへ直接つながる準備期間というより、組む相手や活動形態を何度も変えた時期でした。
ここを飛ばしてしまうと、ドリーマーズからTCクラクションへ突然相方を変えたように見えてしまいます。
2017年にクリーニングマンを結成
ドリーマーズ解散から約3か月後の2017年2月6日、坂本さんは新たに「クリーニングマン」を結成しました。
M-1グランプリ公式のコンビ情報には、坂本さんが「クリーニング坂本マン」、相方が「クリーニング石井マン」として登録されています。
所属欄はフリーとなっており、人力舎時代とは違う環境で新しいコンビを動かしていました。
長年続けたドリーマーズがなくなったあとも舞台から離れず、別の相手とM-1へ挑戦しています。
複数ユニットを並行しながら新しい形を探した時期
翌2018年には、M-1公式に「坂本新里」というコンビも登録されています。
結成年月は2018年4月で、メンバー欄には新里たかひろさんと坂本NO.1の名前が並んでいます。
さらに坂本さんには「ワン・デシリットル」など別の組み合わせで活動した時期もありました。
2026年に放送された『白黒アンジャッシュ』のTCクラクション出演回では、人力舎を離れた坂本さんが「3組のユニットを同時進行していた」時期があったこともトークテーマになっています。
ひとつのコンビが終わったあと、ひとりで待っていたのではなく、複数の相手と実際にネタを作り舞台へ出ながら次の形を探していました。
ピン活動も経験し、古家曇天との結成へ
2019年にTCクラクションのグレープカンパニー所属が発表された際、お笑いナタリーは坂本さんについて、ドリーマーズ解散後に別のコンビを経てピンでも活動していたと紹介しています。
ドリーマーズ、クリーニングマン、ほかのユニット、ピン活動と形を変えながら芸人を続け、その先で出会ったのが古家曇天さんでした。
古家さんも最初からTCクラクションだけで活動してきた芸人ではなく、以前は「曇天三男坊」の名前でピン芸人として活動していました。
それぞれ別の芸歴を持つ二人が、2019年に新しいコンビとして動き始めます。
古家曇天との出会いからTCクラクション結成へ
坂本さんにとってTCクラクションは、芸人人生の最初のコンビではありません。
10年以上舞台に立ち、長期コンビの解散と複数の組み合わせを経験したあとに始まったコンビです。
2019年6月1日、古家曇天とTCクラクションを結成
M-1グランプリ公式に記録されているTCクラクションの結成日は、2019年6月1日です。
坂本NO.1さんと古家曇天さんは、この日からTCクラクションとしてコンビ活動を始めました。
坂本さんは1983年生まれ、古家さんは1987年生まれで、どちらも別の活動歴を持った状態からのスタートでした。
結成経緯については2026年の『白黒アンジャッシュ』でも本人たちが詳しく語っており、長く別々に活動してきた二人が現在の組み合わせになるまでが番組のトークテーマになっています。
坂本さんにとっては、2008年にドリーマーズを始めてから11年後にできた現在のコンビでした。
TCクラクションと「坂本NO.1」という名前
「坂本NO.1」という芸名は、TCクラクション結成と同時に付いた名前ではありません。
M-1公式では、2018年4月結成の「坂本新里」の時点ですでにメンバー名が「坂本NO.1」と記載されているため、少なくともTCクラクション結成の1年以上前には現在の芸名を使用していました。
一方、コンビ名「TCクラクション」の由来は、2026年3月の『白黒アンジャッシュ』でも本人たちへの質問として取り上げられています。
現在はコンビ名と「坂本NO.1」という芸名がセットで知られていますが、坂本さんだけを時系列で追うと、芸名の使用が現在のコンビより先だったことが分かります。
フリーで続ける予定からグレープカンパニー所属へ
TCクラクションは結成直後からグレープカンパニーに所属していたわけではなく、当初はフリーで活動する予定でした。
2025年のグレープカンパニー芸人による対談で古家さんは、事務所のマネージャーからオーディションを勧められ、それを受けたことが所属につながったと明かしています。
そして2019年11月、TCクラクションのグレープカンパニー所属が正式に発表されました。
「最高の漫才とコントを皆様にお届けしていきたいと思います!」
お笑いナタリー
所属発表の時点で、坂本さんはすでに「漫才とコント」の両方をTCクラクションの軸として言葉にしていました。
この二つを続けるスタイルは、その後の賞レースでも変わりませんでした。
漫才とコントの両方で積み上げたTCクラクション時代
グレープカンパニーへ入ったTCクラクションは、ひとつの賞レースだけに絞るのではなく、漫才とコントの両方で大会やライブへ出続けます。
坂本さんの大きな声も、現在のコンビで少しずつはっきりした特徴になっていきました。
2020年からキングオブコント5年連続準決勝へ
結成翌年の2020年、TCクラクションはキングオブコント準決勝へ進みます。
その後も2021年、2022年、2023年、2024年と準決勝へ進み、所属事務所の公式プロフィールには5年連続準決勝進出の記録が並んでいます。
決勝には届かない年が続いた一方、毎年のように準決勝まで残り続けました。
2022年の『ツギクル芸人グランプリ』決勝進出時、古家さんはコンビの強みを短い言葉で表しています。
「坂本の『怖くない大声』。」
めざましmedia
坂本さん自身も同じインタビューで、コンビの特徴として漫才とコントの両方をやることを挙げ、大きな声で見た人にスカッとしてもらいたいと話しています。
大声だけに頼るのではなく、漫才とコントの両方でネタを作ることがTCクラクションの活動の中心になっていきました。
2022年のザ・葡萄王優勝とLaughter Nightマイナビ賞
2022年には、グレープカンパニーの若手ナンバーワンを決める第1回「ザ・葡萄王」で優勝しました。
同年9月にはTBSラジオ「マイナビ Laughter Night」で月間チャンピオンとなり、第8回チャンピオンLIVEへ進出しています。
チャンピオンLIVEそのものの優勝はサスペンダーズでしたが、TCクラクションはマイナビ賞を獲得しました。
「なんとか息を吹き返したって感じですね。嬉しいです」
マイナビニュース
キングオブコントでは準決勝が続く一方で、事務所ライブやラジオの大会では少しずつ優勝や受賞歴が増えていきました。
2024年「お笑い有楽城」優勝でオールナイトニッポン0へ
2024年3月には、ニッポン放送と日本音楽事業者協会による「お笑い有楽城」で優勝しました。
この大会ではネタだけでなく、上位組によるフリートークも審査対象になっており、TCクラクションは最後まで勝ち残っています。
フリートークでは古家さんが坂本さんの両親を話題に持ち出し、坂本さんが大声で応じるやり取りもありました。
幼少期の家族構成について多くを公表していない坂本さんですが、芸人になってからの舞台では、両親が現在も本人を見守る存在であることが伝わる場面が出ています。
「お笑い有楽城」の優勝によって、TCクラクションには『オールナイトニッポン0(ZERO)』単発パーソナリティの機会が与えられました。
2024年4月13日深夜、二人は「TCクラクションのオールナイトニッポン0(ZERO)」を担当し、ライブだけではないラジオの仕事にも結果がつながりました。
結成から5年、漫才・コント・ラジオの大会を通じて、仕事の幅が少しずつ広がっていきます。
M-1初準決勝からダブルインパクト初決勝へ
2025年以降、TCクラクションはそれまで何度もあと一歩で止まっていた大きな賞レースで、さらに先のステージへ進むようになります。
坂本さんが芸人になってからすでに十数年が経った時期でした。
M-1グランプリ2025で準決勝・敗者復活戦へ
2025年、TCクラクションはM-1グランプリ準決勝へ進出しました。
グレープカンパニーの公式プロフィールにも「M-1グランプリ2025 準決勝進出」と記録されており、漫才で大きな舞台まで進んだ年になります。
準決勝で決勝進出とはならなかったものの、敗者復活戦ではBLOCK Aに登場しました。
ドリーマーズ時代から漫才を続けてきた坂本さんが、TCクラクションとしてM-1準決勝の舞台まで進みました。
同じ2025年にはグレープカンパニーの「ザ・葡萄王」でも再び優勝しており、事務所ライブとM-1の両方で結果を残しています。
賞レースへの挑戦は、翌2026年にも続きました。
2026年ダブルインパクトで初の賞レース決勝へ
2026年、TCクラクションは漫才とコントの二刀流で競う「ダブルインパクト~漫才&コント 二刀流No.1決定戦~」のファイナリスト8組に選ばれました。
大会へのエントリーを積極的に提案したのは坂本さんでした。
「コントも漫才もあるので、出ない手はないです。」
FANY Magazine
2019年のグレープ所属時から掲げてきた「漫才とコント」、2022年のインタビューでも語っていた「漫才とコントを両方やる」という活動そのものが参加条件と重なる大会でした。
2026年7月、TCクラクションはコンビとして初めて全国ネットの大型賞レース決勝へ進出しました。
ファーストステージでは漫才を選び、459点を獲得しました。
ななまがりと並ぶ6位タイとなり、上位4組が進むセカンドステージには届きませんでした。
決勝進出という結果は残りましたが、そこで完成したわけではなく、最初のステージで大会を終えています。
賞レース優勝をきっかけに突然知られたコンビではなく、キングオブコント準決勝を繰り返し、ラジオの大会や事務所ライブで結果を残し、M-1準決勝を経たあとにたどり着いた決勝でした。
漫才とコントを続けてきた坂本NO.1の現在
2026年9月現在も、坂本さんは古家曇天さんとのTCクラクションで活動を続けています。
グレープカンパニーの公式プロフィールには、キングオブコント5年連続準決勝、M-1グランプリ2025準決勝、ダブルインパクト2026決勝など、漫才とコント双方の大会歴が並んでいます。
ドリーマーズ時代から続けてきた漫才だけに戻ったわけでも、コントだけへ切り替えたわけでもありません。
高校時代の友人と始めた漫才から18年近くが経った現在も、坂本さんは漫才とコントの両方で舞台に立っています。
埼玉県児玉郡で育ち、中学・高校ではサッカー、大学では空手を続けた坂本NO.1さんは、高校時代から知る戸矢秀一さんとのドリーマーズで芸人生活を始めました。
8年間続いたコンビの解散後も複数の相手やピンで活動を止めず、2019年に古家曇天さんとTCクラクションを結成しました。
M-1準決勝、そしてダブルインパクト決勝まで進んだ現在も、その舞台には長く続けてきた漫才と、TCクラクションで磨いてきたコントの両方があります。












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