ビッグ小原健太の生い立ち|青学卒業後のフリー芸人時代からボダリキボバイ結成まで

人物プロフィール

身長
180cm
血液型
A型
出身地
千葉県 船橋市
コンビ・グループ名
ボダリキボバイ
相方・メンバー
鈴木ロン毛
結成年
2025年
所属事務所
吉本興業
養成所・スクール
NSC東京校 27期

現在、鈴木ロン毛さんとのコンビ「ボダリキボバイ」で活動しているビッグ小原健太さん。

吉本興業の公式プロフィールでは1993年9月4日生まれ、千葉県船橋市出身で、東京NSC27期と紹介されています。

青山学院大学を卒業している一方、卒業後すぐにNSCへ進んだわけではなく、アルバイトをしながらフリーのお笑いライブに出演し、インターネットで相方を探していた時期がありました。

大学卒業後にフリーでライブへ出ながら相方を探し、コンビ結成と解散を繰り返した末にNSCへ入ったという、少し変わった順番で吉本所属までたどり着いています。

しかもNSC卒業後はいったんピン芸人として活動し、『あらびき団』への出演や神保町のライブ、複数のユニットを経て、2025年になってNSC同期の鈴木ロン毛さんと現在のコンビを組みました。

ビッグ小原健太の生い立ちと家族|幼少期から船橋での学生生活へ

ビッグ小原健太さんの現在のプロフィールだけを見ると、船橋市出身の吉本芸人という情報がまず目に入りますが、本人が公開している学校歴を順番にたどると、小学生のころから生活環境に変化があったことが分かります。

幼稚園から2つの小学校へ|幼少期の学校歴をたどる

本人のXプロフィールには、幼少期から順に桜美林幼稚園、大牧小学校、坪井小学校と学校名が並んでいます。

小学校について2校を挙げているため、子どものころに学校が変わったことまでは読み取れますが、転校した時期や理由について本人は詳しく公表していません。

所属事務所のプロフィールでは出身地が千葉県船橋市となっており、その後の学校歴には船橋市立坪井小学校、船橋市立古和釜中学校が続きます。

父親や母親、兄弟姉妹について細かな家族構成を前面に出している芸人ではありませんが、2022年6月に自身のnoteで自己紹介した際には、28歳で千葉県の実家に住んでいると記していました。

少なくともNSCを卒業して吉本所属1年目を迎えたころまで、地元・千葉の実家を生活の拠点にしていた時期があったことになります。

坪井小学校から古和釜中学校へ|船橋で過ごした学生時代

坪井小学校の次に本人が挙げているのが古和釜中学校で、その後は千葉県立津田沼高校へ進んでいます。

幼少期や中学生時代に、すでに人前でネタをしていた、あるいは特定の芸人を見て将来を決めていたという具体的な本人発言は広く残っていません。

そのため、子どものころから一直線に芸人だけを目指していた人物として見るよりも、高校、浪人、大学という進路を進んだあとに、本格的なお笑い活動へ入っていく人物として時系列を追う方が実際の経歴に近くなります。

津田沼高校から青山学院大学へ|浪人を経て進学

中学校を卒業した小原さんは千葉県立津田沼高校へ進み、高校卒業後にはそのまま大学へ進学せず、浪人生活を経験しています。

本人が公開している経歴では津田沼高校の次に増田塾、その次に青山学院大学が並び、本人のnoteでも「浪人して入学した大学」と自ら説明しています。

津田沼高校卒業後は増田塾へ通い、一浪して大学へ

高校卒業時点で芸人養成所へ直行したわけではなく、一度大学進学を目指して受験勉強を続け、一浪を経て青山学院大学へ進学しました。

この時期について、芸人になることを家族へ宣言した、大学とNSCのどちらへ進むか迷ったといった話は本人から具体的には語られていません。

実際の行動を見ると、まず大学へ入り卒業まで進んでおり、お笑いの世界へ本格的に足を踏み入れるのはその先でした。

青山学院大学時代|卒業後のお笑い活動につながる前の生活

青山学院大学で何を専攻していたのか、どのサークルに所属していたのかといった学生生活の詳細は、現在の公式プロフィールには掲載されていません。

一方、本人が2022年に書いたnoteには、大学2年生のころからクレジットカードのリボ払いを利用するようになり、遊びや飲みにお金を使っていたという、かなり率直な学生時代の話が残っています。

後年には自分で借金の経緯まで記事にしており、きれいに整えた学生時代だけを見せるのではなく、当時のお金の使い方やアルバイト生活まで自分の言葉で明かしています。

ただ、この大学時代にいつ初めて「芸人になろう」と考えたのか、誰か特定の芸人や番組が決定打になったのかについては、本人の公開発言から明確な一点には絞れません。

はっきりしているのは、大学を卒業したあと会社員として一直線に働き続ける道ではなく、アルバイトとお笑いライブを並行する生活へ入っていったことです。

大学卒業後、フリーのお笑いライブへ|NSCに入るまで

小原さんの芸人人生で特徴的なのは、NSCが最初のお笑い経験ではないことです。

本人によれば大学卒業後、アルバイトをしながらフリーのお笑いライブへ出演しており、吉本へ入る前から実際に舞台へ立っていました。

アルバイトをしながらライブへ出演した日々

2022年6月の自己紹介では、大学卒業後について「アルバイトしながら」フリーのお笑いライブに出ていたと本人が書いています。

その生活を支えた仕事の一つがデリヘルの送迎ドライバーで、本人によると約6年間続けていました。

大学時代に始まった借金も抱えていたため、舞台だけで生活できる状況ではなく、働きながらライブ出演を続ける期間が長く続いています。

本人は当時を飾った言葉ではなく、かなり簡潔にこう振り返っています。

「浪人して入学した大学を卒業してからは アルバイトしながらダラダラとフリーでお笑いライブなど出たりしてました!」

ビッグ小原健太「自己紹介」

「ダラダラ」と本人は書いていますが、その期間にはM-1グランプリへ実際に出場した記録も残っています。

ネットの相方募集掲示板でコンビ結成と解散を繰り返す

小原さんが相方を探すために使っていたのは、芸人仲間からの紹介だけではなく、インターネットの相方募集掲示板でした。

掲示板で相手を探してコンビを組み、うまくいかなければ解散してまた探すということを何度も繰り返したと、自身のnoteで明かしています。

M-1グランプリの公式記録では、2019年に松村さんとの「小松」、2020年にはおのDさんとの「でらんばらん」でエントリーしており、NSC入学以前から相方を替えながら漫才の大会にも挑んでいたことが分かります。

この時点ですでに「芸人になるかどうか」を考えるだけの段階ではなく、相手を見つけてコンビを作り、舞台と賞レースへ出るところまで自分で動いていました。

相方探しの難しさからNSC東京27期へ

何度もコンビ結成と解散を経験するうち、小原さんにとって大きな問題になったのが、次に組む相手を探すことでした。

そして相方を探すこと自体が大変になったことを理由に、2021年、東京NSC27期へ入ります。

「相方探すのが大変だったのでNSC(吉本の学校)に入りました!」

ビッグ小原健太「自己紹介」

この理由は、NSC側が残している東京27期の記録を見るとさらに具体的になります。

2021年5月のNSC公式記事には、入学した27期生が実際に「相方探し」を行い、企画を通じて生徒同士で交流したことが記録されています。

ネット掲示板で一人ずつ相手を探していた小原さんが、芸人志望者が一斉に集まり相方探しまで行われる環境へ移ったことになります。

2021年にNSC東京27期へ|ピン芸人として吉本1年目を迎える

2021年にNSCへ入った小原さんは、すでにフリーライブやM-1への出場経験を持った状態で養成所生活を始めました。

年齢も20代後半で、大学を出てから何年か活動したうえでの入学だったため、高校や大学卒業直後に入ってきた同期とはそれまでの経歴が異なります。

NSCのライブとR-1で舞台経験を重ねる

NSC在学中の2022年1月には、神保町よしもと漫才劇場で行われた東京27期のライブ「RUSH#22」に「ビック小原健太」の表記で出演者として名前が残っています。

同じ時期にはピン芸日本一を決めるR-1グランプリ2022にも「ビッグ小原健太【NSC 東京】」としてエントリーしており、コンビの相方を探しながら一人でもネタを続けていました。

つまりNSCへ入った目的の一つは相方探しでしたが、入学後すぐに特定の相手とのコンビだけへ絞ったわけではありません。

相方を求めてNSCへ入りながら、自分自身はピンでも舞台に立ち続けたという時期でした。

卒業後はピン芸人として活動をスタート

NSCを卒業した2022年、小原さんは自身を「吉本1年目のピン芸人」と紹介しています。

「ビッグ小原健太」という名前も本人が「ピン芸名」と記しており、吉本所属後の出発点は現在のボダリキボバイではなく、一人で活動する芸人でした。

一方でコンビ活動を完全にやめたわけでもなく、M-1公式には2022年7月8日結成の「ほねほねかくれんぼ」で、みまいさんと組んだ記録も残っています。

一人でR-1へ出ながら、組める相手がいればM-1にも挑むという活動スタイルが、このあともしばらく続いていきます。

芸歴1年目で『あらびき団』に出演

吉本所属1年目の2022年10月、小原さんに早くも全国放送へ姿を見せる機会が訪れます。

TBS系『お笑いの日2022』内で放送された『あらびき団』に出演し、ORICON NEWSでも「芸歴1年目のビッグ小原健太」として名前が紹介されました。

当日はダウンタウンが『あらびき団』へ初出演した回で、風船太郎、シルク&庄司智春らに続いて小原さんの映像が流れるという、所属1年目としては大きなテレビ出演でした。

ただ、この出演だけを境にテレビの仕事へ一気に移ったわけではなく、その後も活動の中心には若手ライブや劇場がありました。

神保町へ広がった若手時代|山内仁平との関係とユニット活動

2023年になると、小原さんの活動には神保町よしもと漫才劇場の若手芸人たちとの関係がよりはっきり見えるようになります。

その中で何度も名前が出てくる人物の一人が、10億円の山内仁平さんです。

2023年「濾過」で神保町初出演|山内仁平にMCを頼まれる

2023年10月9日、10億円が選んだメンバーによるライブ「濾過」に小原さんが出演しました。

神保町よしもと漫才劇場の公式レポートによると、この日が小原さんにとって神保町初出演で、しかもライブ冒頭から山内仁平さんの指名でMCを任されています。

初めて立つ劇場でいきなり進行役となった小原さんに対し、公式レポートは「独特なMCに翻弄されるメンバーたち」と当日の様子を伝え、横では山内さんがこっそりフォローしていました。

そしてネタ披露が終わり、ライブがコーナーへ移る段階ではMCが交代します。

「さすがに(小原さんに)コーナーはちょっと」

神保町よしもと漫才劇場「濾過」公演レポート

山内さんの采配として残された一言ですが、初出演でMCを任せ、途中から別の芸人へ替えるところまで含めて、小原さんが周囲からどう扱われていたのかが見える場面です。

ピンのR-1を続けながら、2024年は複数のM-1ユニットにも挑戦

2023年12月28日には翌年大会となるR-1グランプリ2024の1回戦へ出場しており、ピン芸人としての賞レース挑戦も続いていました。

2024年3月には、400組を超える吉本芸人の応募から60組がネタ審査を通過した賞レース「100×100」の出場者にも選ばれています。

その一方、M-1では一人の固定相方に絞らず、2024年7月に鈴木バイダンさんとの「ビッダン」、8月には山内仁平さんと「ビッグ小原健太」というユニット名でエントリーしました。

NSCに入る前から続いていた「ピンでも活動しながら、相手を変えてコンビやユニットにも挑む」という形は、吉本所属後もすぐには終わっていません。

現在のコンビができる前年まで、小原さんはピン芸と複数のユニットを並行していたことになります。

『全力!脱力タイムズ』出演で全国放送へ

2024年12月27日には、フジテレビ系『全力!脱力タイムズ』の「2025年ブレイク芸人大予想SP」に出演しました。

番組ではカズレーザーさんが推薦したという設定で登場したものの、実際にはカズレーザーさん自身も小原さんとは初対面という展開でした。

小原さんが披露したのは、自分で吹き込んだ音源に合わせて独特な動きを見せるピンネタで、途中では本人自身が吹き出してしまいます。

そこで小原さんがネタについて短く反省すると、カズレーザーさんはむしろその姿に強く反応しました。

「こんな年末のでかい番組で投げ出すやつ、見たことないですよ!すごくないですか?」

めざましmedia『全力!脱力タイムズ』放送記事

『あらびき団』に続き、整いすぎていないピンネタと本人自身のキャラクターが全国放送で扱われる機会になりました。

鈴木ロン毛とボダリキボバイを結成|M-1から現在へ

大学卒業後から長く相方を探し続けてきた小原さんが、現在の相方として組むことになったのが鈴木ロン毛さんです。

二人はともに東京NSC27期ですが、同じ期だからといって、NSC在学中から現在のコンビとして活動していたわけではありません。

NSC同期の鈴木ロン毛とは結成前から交流

ボダリキボバイ結成より1年以上前の2024年2月、小原さんのstand.fmには鈴木ロン毛さんをゲストに迎えた回が公開されています。

当時のエピソードタイトルには「かけおち:鈴木ロン毛」と記されており、まだ二人が現在のコンビを組む前から公に話をする関係だったことが分かります。

ただし、二人が最初に会った日や、どちらが最初に現在のコンビ結成を持ちかけたのかについて、公式プロフィールでは詳細まで説明されていません。

確実に追えるのは、NSC同期として別々の活動を経験し、2024年には交流している姿が表へ出て、その翌年に正式なコンビになったという順番です。

2025年4月にボダリキボバイを結成

吉本興業とM-1グランプリの公式プロフィールで記録されているボダリキボバイの結成日は2025年4月16日です。

小原さん自身は同年5月10日にXで鈴木ロン毛さんとコンビになったことを公表し、コンビ名を「ボダリキボバイ」と発表しました。

フリー時代から何度も相方を探し、NSCへ入る理由にまでなった小原さんの相方探しは、NSC同期の鈴木ロン毛さんとのコンビ結成へ進みました。

小原さんは1993年生まれ、鈴木ロン毛さんは2002年生まれと年齢には差がありますが、吉本での同期は同じ東京NSC27期です。

2025年9月には、小原さんのstand.fmで「コンビ結成」と題した回が公開され、二人そろって初めてラジオ形式の配信も行っています。

M-1挑戦からKakeru翔メンバーへ

結成初年度となる2025年、ボダリキボバイはM-1グランプリ2025へエントリーしました。

1回戦、2回戦を通過して3回戦まで進み、11月のKANDA SQUARE HALLでその年の挑戦を終えています。

賞レースだけでなく、二人の主な活動場所になっていったのが吉本の若手劇場でした。

2026年には渋谷よしもと漫才劇場の「Kakeru翔チャレンジバトルEAST」に出場し、劇場メンバーの座をかけた入れ替え戦を戦っています。

そして2026年5月8日のチャレンジバトルでは、29組が出場する中でボダリキボバイが1位となり、「Kakeru翔メンバー所属」を手にした14組のトップに立ちました。

コンビ結成から約1年で、若手劇場の入れ替え戦を1位で通過するところまで進んだことになります。

2026年8月時点でも神保町よしもと漫才劇場の所属芸人一覧にはボダリキボバイが掲載されており、ビッグ小原健太さんが左、鈴木ロン毛さんが右として紹介されています。

キングオブコントにも挑む現在のボダリキボバイ

ボダリキボバイは漫才だけに限定せず、2026年にはキングオブコントにもエントリーしました。

7月18日の予選1回戦を通過し、その後の2回戦も突破して準々決勝まで進出しています。

8月17日に発表された準決勝進出35組には入らなかったため、この年は準々決勝で大会を終えましたが、結成2年目にはM-1だけでなくコントの大会でも複数の予選を勝ち進みました。

2026年4月には、渋谷よしもと漫才劇場・神保町よしもと漫才劇場の公式YouTubeで、ボダリキボバイの劇場ネタも公開されています。

青山学院大学を卒業したあと、小原さんはアルバイトをしながらフリーライブへ出て、ネットの掲示板で何度も相方を探していました。

その相方探しに行き詰まったことでNSCへ入り、ピン芸人として『あらびき団』や神保町の舞台を経験したあと、長く知る同期の鈴木ロン毛さんとボダリキボバイを結成しました。

現在は結成間もないコンビとしてM-1、キングオブコント、若手劇場の舞台を進んでおり、大学卒業後から続いてきた小原さんのお笑い活動は、ようやく現在の二人組という形にたどり着いています。

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