ヨネダ2000愛の生い立ちと家族|動物の専門学校から芸人へ、誠との出会いと再結成まで

人物プロフィール

本名
河田愛
生年月日
1996年9月19日
身長
168cm
血液型
B型
出身地
神奈川県 横浜市
コンビ・グループ名
ヨネダ2000
相方・メンバー
誠
結成年
2020年
所属事務所
吉本興業
芸人活動開始年
2017年
養成所・スクール
NSC東京校 23期

ヨネダ2000の愛さんといえば、誠さんが作り出す独特な世界へ入り込み、リズムや動きを使ったネタで強烈な印象を残してきた芸人です。

2022年に初めてM-1グランプリ決勝へ進み、2025年には3年ぶり2度目の決勝進出を果たしました。

ところが愛さんは、高校卒業後すぐにお笑いの世界へ入ったわけではなく、ドッグトレーナーの専門学校で2年間学び、動物関係への就職を考えていました。

芸人への憧れを現実の進路へ変えたのは、専門学校で就職活動をしていた時期です。

そこから東京NSCへ入り、最初のコンビで初舞台を経験し、のちに相方となる誠さんのネタに惹かれて自分から声をかけました。

しかも2人の歩みは一直線ではなく、コンビ結成、トリオ化、解散を経て、愛さんがもう一度誠さんを誘ったことで現在のヨネダ2000が始まっています。

ヨネダ2000愛の生い立ちと家族|祖母の家でバラエティを見た子ども時代

愛さんは1996年9月19日生まれ、神奈川県横浜市出身です。

現在は「愛」という芸名ですが、本名は河田愛で、ヨネダ2000として再出発する際に名字を外して活動するようになりました。

子どものころの生活をたどると、テレビのお笑いと動物という、後に愛さんの人生で大きな存在になる2つが早くから身近にありました。

母が働く中、放課後は祖母の家でテレビを見て過ごす

愛さんは母子家庭で育ち、母親が仕事をしていた小学校低学年のころは、一人で留守番をしないよう、下校後に近所の祖母宅へ通っていました。

祖母の家には子どもが遊ぶような物があまりなく、自然とテレビを見る時間が増えていきました。

そこでよく見ていたのがバラエティ番組です。

後年のインタビューでは、テレビを見ていて飽きなかった理由について、芸人がおもしろかったからではないかと話しています。

「テレビでバラエティー番組をよく見てました」

ch FILES

学校から祖母宅へ行き、バラエティ番組を見る時間がお笑いとの最初の接点になっていました。

動物好きの母の影響で、犬や猫に囲まれて育つ

もう一つ、幼いころから身近だったのが動物です。

母親も猫好きで、保護活動のような形で外猫の世話をしており、実家では猫や犬、ハムスター、鳥、金魚、スッポンモドキなど、さまざまな生き物と暮らしてきました。

クワガタやカブトムシを飼ったこともあり、家族で動物園へ出かける機会も多かったといいます。

現在も吉本興業の公式プロフィールには趣味として「動物鑑賞」、特技として「犬の基本的なしつけ」が記載され、複数の動物関連資格を取得しています。

家では寡黙、友達の前ではものまねをしていた

現在の舞台上では大きな動きも見せる愛さんですが、家庭内ではかなり静かな子どもでした。

本人によると、母親やきょうだいが心配するほど家では話さなかった一方、友人の前ではものまねをすることもあったそうです。

上のきょうだい2人が学校であったことを母親へ話していても、愛さん自身は「授業を受けただけなら特に話すことがない」という感覚だったと振り返っています。

その寡黙さは大人になってからも残っており、誠さんによれば、愛さんは自分から近況をどんどん話すタイプではありません。

学生時代|お笑い好きと動物の仕事への進路が並行する

小学校から高校へ進む間も、愛さんにとってお笑いは身近な娯楽でした。

ただし当時から一直線に芸人を目指していたのではなく、現実の進路として考えていたのは動物に関わる仕事でした。

小学生で「あたりまえ体操」を友達とまねして遊ぶ

小学生のころには、友人とCOWCOWの「あたりまえ体操」をまねして遊ぶこともありました。

テレビで見たお笑いを、そのまま友達との遊びへ持ち込むような子ども時代でした。

『はねるのトびら』や『爆笑レッドカーペット』に夢中になる

さらに好きだったのが、フジテレビ系の『はねるのトびら』や『爆笑レッドカーペット』でした。

はんにゃやフルーツポンチにも憧れており、ネタ番組だけでなく、芸人がさまざまな企画へ参加するバラエティそのものに惹かれていました。

『爆笑レッドシアター』で個性的な芸人たちがユニットコントを演じていた姿にも憧れていたと話しています。

愛さんがお笑いに憧れた入口は、漫才一本というより、テレビのバラエティで活躍する芸人たちでした。

単位制高校で生き物の授業を選び、動物の仕事を目指す

高校は単位制で、固定されたクラスがなく、授業ごとに一緒になる生徒が変わる環境でした。

愛さん自身は高校時代について、誰か特定のグループだけにいるというより、授業ごとに友人を作る「浅く広く」という付き合い方だったと説明しています。

高校生のころにはすでに芸人への憧れもありましたが、卒業後の進路として選んだのはお笑いではありません。

3年生になると、生き物に関する授業を多く選択し、動物の仕事へ進む準備をしていました。

ドッグトレーナーの専門学校から芸人へ|就職活動で進路を変える

高校卒業後、愛さんは大学ではなくドッグトレーナーを学べる動物の専門学校へ進みました。

ここで過ごした2年間は、芸人になる前の愛さんを知るうえで欠かせない時期です。

飼育員志望からドッグトレーナーを選び、2年間学ぶ

もともとは動物園などの飼育員にも興味を持っていました。

ところが成長するにつれ、飼育員は求人が少なく狭き門だと知り、動物看護やトリマーなども含め、現実的に動物と関われる仕事を検討します。

そこで選んだのがドッグトレーナーでした。

専門学校では犬のトレーニングだけでなく、担当する犬の散歩やしつけなどを実践的に学び、猫についても2年間、週1回の「猫学」という授業を受けていました。

吉本興業の公式プロフィールには、ドッグトレーナー2級、しつけアドバイザー2級、アニマルメディカルテクニシャン、ドッググルーマー、キャットスペシャリスト、愛玩動物飼養管理士といった資格が掲載されています。

芸人になる直前まで、愛さんは資格を取りながら動物関係への就職を目指す専門学生でした。

就職活動中に「本当にやりたいこと」を考え直す

進路が大きく変わったのは、専門学校2年生の就職活動でした。

周囲の同級生がペットショップや動物病院などへの就職活動を始め、愛さん自身もインターンへ参加していました。

そのタイミングで、自分がほかにやりたかったことはなかったか、一度気持ちを整理します。

「芸人もやってみたかったと思い出して」

ch FILES

高校時代から胸の中にはあったものの、現実の進路にはしていなかった「芸人」という選択肢が、このとき初めて前へ出てきました。

動物関係へ就職する直前に進路を切り替え、愛さんはお笑いの世界へ進むことを決めます。

母と兄に背中を押され、一人で東京NSCへ

家族にとっては、動物関係へ就職するものと思っていた娘から突然「芸人になりたい」と聞かされた形でした。

母親は内心では動揺していたものの、愛さん本人には強く反対しませんでした。

「自分のやりたいことをやってみれば」

テレビ朝日 logirl

母親は父親のような存在だった兄にも相談し、兄も「やらせてみれば」という考えだったそうです。

養成所には一緒に入る友人がいなかったため、愛さんは同期が多い場所なら一人でも入りやすいと考えてNSCを選びました。

「1人で入るなら同期が多いNSCがいいかなと思って」

TOKION

こうして2017年、東京NSC23期へ入学しました。

東京NSC23期|最初のコンビを経て誠のネタに惹かれる

東京NSC23期には、入学時に約390〜400人が在籍し、そのうち女性は30人ほどだったと愛さんたちは振り返っています。

ここで現在の相方・誠さんとも出会いましたが、入学直後から親しい関係だったわけではありません。

約400人の同期に囲まれ、経験者との差を知る

同期には、大学で学生お笑いを経験してからNSCへ入った芸人もいました。

愛さんは、養成所から初めてネタ作りを始めた人と、大学で4年間お笑いを経験してきた人との間には大きな差があったと感じています。

テレビで見るM-1決勝は遠い世界でも、同じ教室にいる同期との差はもっと具体的に見えました。

誠さんとの第一印象も、後の関係を考えると意外なものでした。

誠さんは愛さんを見て「大きいな」、愛さんは誠さんを「暗いな」と思っており、お互いにコンビを組むとは考えていませんでした。

「いちごとごはん」を組み、ボケとして初舞台へ

NSCで愛さんが最初に組んだ相手は誠さんではありません。

同い年で家が近かった女性同期へ、自分から声をかけました。

「家近いから組もうよ」

テレビ朝日 logirl

コンビ名は「いちごとごはん」。

NSCで毎月行われていたライブが愛さんの芸人としての初舞台で、当時は漫才を披露し、愛さんはボケを担当しました。

本人は「ツッコミ気質ではないからボケ」と考えていたそうで、現在のヨネダ2000で見せる立ち位置とはまた違うスタートでした。

誠のネタを面白いと感じ、卒業前後に電話で誘う

NSC卒業が近づくころ、愛さんが気になっていたのが誠さんの作るネタでした。

普段の会話で意気投合したわけでも、最初から親友だったわけでもありません。

「ネタだけです」

テレビ朝日 logirl

愛さんは誠さんへ電話をかけ、「おもしろいと思っているから組んでほしい」と伝えます。

誠さんには当時別の相方がいたため即答ではありませんでしたが、最終的に愛さんと組むことを選びました。

ヨネダ2000につながる最初のコンビは、愛さんが誠さんの「人柄」より先に「ネタ」を選んだことから始まりました。

ギンヤンマからトリオ解散へ|一度離れて再び誠を選ぶ

2018年、NSC卒業前後に愛さんと誠さんは「ギンヤンマ」として活動を始めます。

現在のヨネダ2000までには、このギンヤンマ、男性同期を加えたトリオ、解散という段階がありました。

2018年にギンヤンマとして初舞台、約1年間コンビ活動

2人で初めて舞台に立ったのは、2018年3月20日に行われたNSC東京23期の企画ライブでした。

当初は漫才も行い、愛さんが比較的ツッコミに回るネタもありました。

ただ、約1年間活動しても目立った結果が出ず、2人の間で今後への感じ方に違いが生まれていきます。

誠さんはネタに手応えがあり「このまま続ければ大丈夫」と感じていた一方、愛さんにはその自信が共有されていませんでした。

愛の提案で男性同期が加入し「マンモス南口店」へ

そんな時期、男性芸人からギンヤンマへ「入りたい」と声をかけられます。

誠さんは加入させないつもりで愛さんへ確認しましたが、将来に不安を感じていた愛さんは「入れてもいいんじゃない?」と提案しました。

何度も話し合った末、2019年春に男性メンバーを加えたトリオ「マンモス南口店」へ移行します。

ギンヤンマに手応えを感じていた誠さんと、何かを変えたいと考えていた愛さんの認識の違いが、トリオ化につながりました。

半年ほどで解散し、それぞれ別の相方を探す

しかしマンモス南口店は長くは続かず、2019年9月に解散しました。

3人それぞれがやりたいネタを合わせる難しさに加え、舞台上の立ち位置にも問題があり、当時まだ芸歴2年目だった3人にはうまく整理できなかったと後年語っています。

解散後、愛さんも誠さんも「2人に戻る」という考えはなく、それぞれ別の相方を探し始めました。

愛が再び誠を誘い、2020年4月にヨネダ2000結成

別々に相方探しをしていた2人でしたが、再び動いたのは愛さんでした。

「でも、結局また私が誠を誘った」

テレビ朝日 logirl

誠さんにはほかにも組もうと考えていた相手がいたため返事を保留し、愛さんはしばらく待つことになります。

最終的に誠さんが戻り、2020年4月1日、2人は「ヨネダ2000」として正式に再出発しました。

この再結成を機に、河田愛として活動していた愛さんは名字を外し、芸名を「愛」にしています。

再結成直後のコロナ禍と若手時代|劇場から外れた時期も

ようやく2人で再出発したものの、2020年春は新型コロナウイルスの感染拡大と重なりました。

コンビ登録を済ませ、「これから舞台に立てる」と思ったところで劇場が相次いで閉まりました。

再結成後の初舞台はキングオブコント1回戦

ヨネダ2000としての初舞台は、2020年7月のキングオブコント1回戦でした。

長い間一緒にネタを披露できていなかったこともあり、本人たちの感触では大きくウケず、続いて挑んだM-1グランプリも1回戦で敗退します。

舞台の代わりにインスタライブへ取り組んだこともあり、2人でハーモニカ教室へ通った時期もありました。

ハーモニカなら持ち運びやすく、2人でできれば特技になるという理由でした。

愛猫かぼすを迎え、アルバイトをしながら活動する

芸人になって間もないころ、愛さんの生活には現在も大切な存在となっている愛猫「かぼす」が加わりました。

母親が保護活動のような形で世話をしていた猫から生まれた3匹のうち1匹を、愛さんが引き取ったのです。

ただし当時は若手芸人で、収入の中心はアルバイトでした。

「かわいさが勝ってしまいましたね」

CREA

同期の女性芸人とルームシェアしながら、かぼすを育てる生活が始まりました。

専門学校で学んだ動物の知識は、芸人になったことで途切れたのではなく、その後の暮らしにも残り続けました。

劇場メンバーから外れ、外部ライブへ出演する日々

2021年1月には後の芸風につながるネタが生まれましたが、すぐに順調な生活になったわけではありません。

同年4月、吉本の劇場メンバーを分けるライブで、ヨネダ2000は劇場へ継続的に出演できる側へ入れませんでした。

劇場に出られないため、自分たちでエントリー費を支払い、外部のフリーライブへ出演します。

次の機会でも劇場へ戻れなければ、吉本興業を辞めようという話まで出ていました。

2021年の春は、年末にM-1準決勝へ進むコンビとは思えないほど、劇場に立つ場所さえ安定していない時期でした。

そんな時、先輩芸人たちに声をかけられて励まされ、もう少し続けようと考えます。

そして6月のライブで結果を出し、劇場メンバーへ戻ることができました。

「どすこい」で芸風が変化|THE WとM-1で状況が動き始める

劇場から外れる少し前の2021年1月、現在のヨネダ2000につながる重要なネタが生まれていました。

それが「どすこい」です。

本番5時間前に生まれた「どすこい」でツッコミをやめる

新ネタライブ当日になってもネタが完成せず、誠さんが本番約5時間前に「張り手をよける」というアイデアから形にしました。

当初は愛さんが「どすこい」と動きながらツッコミも入れる予定でした。

ところが実際にやってみると、動きながらツッコむのが難しく、愛さんはツッコミをやめます。

舞台では2人自身も楽しく演じることができ、客席からの反応もありました。

それ以前はコント中心で、漫才になると愛さんが比較的ツッコミを担当していましたが、「どすこい」を境に、愛さんが誠さんの作る世界へ巻き込まれていく形へ変わります。

愛さん自身、強くツッコむことが得意ではなく、誠さんが設定からずれた世界を作るため、すべてを説明するようにツッコむより現在の形のほうが合っていました。

2021年THE W決勝がヨネダ2000初のテレビ出演に

2021年になると、賞レースでも少しずつ結果が変わり始めます。

M-1グランプリでは、それまで早い段階で敗退していた2人が準決勝まで進出しました。

愛さんは準々決勝まで進んだころ、「M-1って本当にやっているんだ」と感じたほど、それ以前は予選で夏に敗退し、冬の決勝をテレビで見る大会だったと話しています。

同じ年には女芸人No.1決定戦 THE W 2021でも決勝進出。

THE W 2021の決勝が、ヨネダ2000にとって地上波テレビ初出演となりました。

数か月前まで劇場から外れ、外部ライブへ出ていた2人が、年末には全国放送の賞レース決勝へ進んでいました。

M-1準決勝を経て、2022年に初のM-1決勝へ

2021年のM-1は準決勝で敗退しましたが、2人は本気で決勝へ進める感触を持っていました。

翌2022年はABCお笑いグランプリ決勝、キングオブコント準決勝、THE W決勝と複数の大会で結果を残します。

そして11月30日、M-1グランプリ2022の決勝進出が決定しました。

12月18日の決勝では、8番手として「餅つき」のネタを披露。

公式記録では647点を獲得し、真空ジェシカと並ぶ5位タイとなりました。

2020年のM-1では1回戦敗退だったコンビが、2年後には決勝の舞台で5位に入っています。

M-1決勝後から現在へ|動物好きだった学生時代も仕事につながる

M-1グランプリ2022を境に、愛さんたちの生活も変わっていきました。

一方で、芸人になるために離れたはずだった動物の世界とも、別の形で再び接点が生まれています。

2022年M-1決勝後、アルバイト中心の生活が変わる

M-1決勝やTHE W準優勝を経験したあと、テレビやライブなどの仕事が増え、以前のようにアルバイトへ多くの時間を使う生活ではなくなりました。

2023年のインタビューでは、誠さんがM-1後の変化について、バイトをしなくても一日中お笑いに取り組めるようになったと話しています。

ネタ作りでは誠さんが発想を出すことが多い一方、愛さんの反応も重要な判断材料になっています。

誠さんは、愛さんが笑わないネタはやらないと語り、愛さんも誠さんが持ってきた発想をできるだけ忠実に再現しようとしています。

NSC時代に愛さんが「ネタがおもしろい」と感じて選んだ相手との関係が、その後のネタ作りにも続いています。

2025年に3年ぶり2度目のM-1決勝へ

2023年、2024年はM-1決勝へ届きませんでしたが、2025年に再び準決勝を突破しました。

ヨネダ2000にとって2022年以来3年ぶり、2度目のM-1グランプリ決勝進出です。

2025年12月21日の決勝では826点を獲得し、公式記録では8位となりました。

初出場だった2022年とは違い、すでにヨネダ2000の名前や独特な芸風を知る観客が多い状態で迎えた2度目の決勝でした。

2026年には、TBSチャンネルで冠特番『ごきげんよう!ヨネダ2000の「わたくしがマダムマッチョ」』も放送され、2人自身が企画段階から参加しています。

専門学生時代の動物経験も芸人の仕事へ

愛さんの現在を語るうえで、もう一つ興味深いのが動物との仕事です。

猫のかぼすとの暮らしだけでなく、動物の専門学校で学んだ経験そのものがテレビ出演へ結びつく機会も増えました。

2024年には日本テレビ系『嗚呼!!みんなの動物園』で保護猫の預かり企画に参加し、専門学校で学んだ知識を生かしながら猫と向き合っています。

さらに2025年には、BS-TBS『いぬじかん』で、専門学生時代に愛さんが担当していたビションフリーゼのアトムと再び共演しました。

アトムの現在の飼い主は、愛さんと専門学校で学んでいた当時の同級生です。

高校で生き物の授業を選び、専門学校で犬について学んだ時間は、芸人へ進路を変えたあとも愛さんの活動から消えていません。

祖母の家でバラエティ番組を見ていた小学生は、高校で動物の道を選び、専門学校で就職活動をするところまで進んでから、お笑いへの憧れを選び直しました。

NSCで誠さんのネタに惹かれ、一度コンビを組み、トリオと解散を経験しても、もう一度自分から誠さんへ声をかけたことでヨネダ2000が始まりました。

その後は劇場から外れた時期も経ながらTHE W、M-1へ進み、現在はお笑いだけでなく、学生時代から続く動物との関わりも仕事の一部になっています。

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