鬼越トマホーク金ちゃんの生い立ち|実家の居酒屋と子役時代、牛角店長から芸人になるまで

人物プロフィール

本名
金野博和
生年月日
1985年11月6日
身長
170cm
血液型
B型
出身地
東京都 板橋区
コンビ・グループ名
鬼越トマホーク
相方・メンバー
良ちゃん
結成年
2010年
所属事務所
吉本興業
芸人活動開始年
2009年
養成所・スクール
NSC東京校 15期

鬼越トマホークの金ちゃんといえば、良ちゃんとのケンカ芸で相手の急所を突く一言を放つ姿がよく知られています。

ところが昔をたどると、小学生のころにはテレビドラマへ子役として出演し、芸人になる前には焼肉店「牛角」の店長として働いていました。

飲食店で2店舗を任される立場から、お笑いの世界へ進路を変えてNSCへ入った人物でもあります。

そこからNSCで良ちゃんと出会い、解散と再結成を経験し、本気の殴り合いから現在のケンカ芸が生まれるまでには、テレビで見る現在の姿だけでは分からない時間がありました。

金ちゃんの生い立ちと家族|板橋・常盤台の「居酒屋金ちゃん」で育つ

金ちゃんは1985年11月6日、東京都板橋区出身で、吉本興業の公式プロフィールでも板橋区出身と紹介されています。

本名は金野博和で、2017年に現在の「金ちゃん」へ改名しました。

子ども時代の話をたどるうえで外せないのが、板橋区南常盤台にある実家の「居酒屋金ちゃん」です。

父は居酒屋店主で演歌歌手「KIN-CHAN」

実家の「居酒屋金ちゃん」は、東武東上線ときわ台駅近くにあり、両親が長年営んできた店です。

父親には居酒屋店主とは別の顔もあり、「KIN-CHAN」名義で演歌歌手として活動し、「常盤台ブルース」という曲も発表しています。

2020年にニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」へ出演した際、金ちゃんは父について自らこの話を紹介しました。

「演歌歌手もやってまして」

ニッポン放送 NEWS ONLINE

金ちゃんの公式YouTubeでは実家の店を訪れる企画も公開されており、店内で父と母が登場するため、現在の家族の雰囲気まで見ることができます。

幼いころから体が大きかった金ちゃんと家族の日常

現在も大柄な体格が印象的な金ちゃんですが、子どものころからかなり体が大きかったことを本人がたびたび明かしています。

幼少期の写真についても本人がXで公開しており、テレビなどで「小学6年生のころ」として紹介されていた写真が、実際には幼稚園の年長だったと自ら訂正したこともありました。

家族には姉がおり、のちに子役時代の映像を振り返った際には、同じドラマの場面に姉も出演していたことを明かしています。

2026年には母親もテレビ企画へ登場し、母から本名の「博和」と呼ばれる場面もありました。

小学6年生で「ぼくらの勇気 未満都市」に子役出演

金ちゃんには、芸人になるずっと前に子役としてテレビドラマへ出演した経験があります。

1997年に日本テレビ系で放送された「ぼくらの勇気 未満都市」に、小学6年生だった金ちゃんが出演していました。

2026年に作品が配信された際、本人は当時の出演場面を公開し、小学6年生ですでに体重が100kgあったと振り返っています。

撮影現場では、当時同じ作品に出演していた相葉雅紀とキャッチボールをしたことも覚えていました。

さらに同じ出演シーンには姉も写っており、芸能の仕事を経験したのは金ちゃん一人だけではありませんでした。

ENCOUNTが紹介した本人の投稿では、学校で作品名をもじっていじられていたことまで明かしています。

学生時代を経て焼肉店へ|芸人になる前は牛角の店長だった

子役として一時テレビへ出演したものの、そのまま芸能活動だけで進んだわけではありません。

学生生活では長く野球を続け、高校卒業後には飲食店で働く道へ進みました。

小学生から高校まで野球を続け、高2で前十字靭帯を負傷

金ちゃんは小学校4、5年生ごろから高校まで野球を続けています。

高校は本人のXでも母校として明かしている東京都立高島高等学校で、野球部に所属していました。

守備ではサード、ファースト、キャッチャーなど複数のポジションを経験しています。

ただし高校2年生のときに膝の前十字靭帯を断裂し、最後の夏の試合では代打で出場したと本人が後年語っています。

「野球生活の半分ぐらい故障者リストに入ってたんですよ」

スポーツナビ

芸人として活動を始めてからも野球好きは変わらず、現在は横浜DeNAベイスターズ関連の仕事にもつながっています。

牛角で3年間店長を務め、2店舗を任される

高校を出たあと、金ちゃんはすぐに芸人になったわけではありません。

芸人になる前には焼肉チェーンの「牛角」で働き、店長まで務めています。

本人によると店長をしていた期間は3年間で、焼肉店だけでなくサムギョプサル店も含めて2店舗を任されていました。

「牛角で3年間店長してました」

スポニチアネックス

人を雇い、店舗を任されるところまで飲食店の仕事を続けてから芸人へ転身したことになります。

子役経験があったとはいえ、芸能界から一直線にお笑いへ進んだ経歴ではありませんでした。

M-1を見て芸人の道へ|2009年にNSC東京校15期へ入学

焼肉店で店長をしていた金ちゃんが進路を変えた先にあったのが、吉本興業の芸人養成所NSCでした。

吉本興業の公式プロフィールでは、金ちゃんはNSC東京校15期生とされています。

焼肉店店長からお笑いへ進路を変えた理由

金ちゃんが芸人という仕事を強く意識するうえで大きかったのが、漫才日本一を決めるM-1グランプリでした。

2013年に吉本のインタビューへ登場した際、自分がお笑いの世界へ入った理由を非常に短い言葉で説明しています。

「僕は『M-1』を見てこの世界に飛び込みました」

よしもとニュースセンター

相方の良ちゃんによると、金ちゃんが惹かれていたのは大会本編だけではなく、DVDに収録された芸人たちの舞台裏にも及んでいました。

舞台へ立つ漫才師だけでなく、その裏側まで見ていた時期を経て、金ちゃんは飲食店の店長から芸人を目指す側へ進路を切り替えました。

退職時の細かな経緯について本人は多くを語っていませんが、2009年にはNSC東京校15期へ入っています。

牛角の店長を経験したあと、20代前半でNSCの教室へ入ったことが、金ちゃんの芸人人生の始まりでした。

NSC15期で始まった芸人生活

東京NSC15期には、のちにテレビで活躍するニューヨーク、マテンロウ、デニス、おかずクラブなど同時期に学んだ芸人がいます。

金ちゃんはこの環境でネタを作り、人前へ出る生活を始めました。

そして入学して間もない時期、教室の中で金ちゃんと同じように体が大きく、強面の同期が目に留まります。

その人物が、現在の相方である良ちゃんでした。

NSCで良ちゃんと出会い、鬼越トマホーク結成へ

現在は並んでいる姿そのものが鬼越トマホークらしく見える2人ですが、もともとは地元の友人でも幼なじみでもありません。

東京と長野で別々に育った2人が初めて顔を合わせた場所がNSCでした。

良ちゃんが金ちゃんへ声をかけてコンビ結成へ

当時の良ちゃんは黒いジャージに小さなセカンドバッグを持ち、見た目の迫力もあって、NSCへ入ってからしばらく周囲とうまく話せずにいました。

その良ちゃんが教室で金ちゃんを見つけ、自分と似た空気を感じて声をかけます。

2022年のインタビューでは、金ちゃんが最初は別の同期と組んでいたところへ良ちゃんが近づき、その後正式に2人で組むようになったことも語られています。

金ちゃんはサンドウィッチマンが好きで、良ちゃんと並んだときの強面同士の見た目にも可能性を感じていました。

金ちゃんが最初に考えていたコンビ名は「いちごミルク」でしたが採用されず、最終的に鬼越トマホークとなりました。

現在の鬼越トマホークは、NSCの教室で良ちゃんから金ちゃんへ声をかけたところから始まっています。

吉本興業とM-1グランプリの公式プロフィールでは、鬼越トマホークの正式な結成年月は2010年5月です。

NSCでは評価されるも、卒業後に状況が一変

組み始めたころの鬼越トマホークは、NSC内ではかなり手応えがありました。

本人たちは2013年のインタビューで、NSC時代は想像以上に褒められ、自分たちでも実力があると思うほどだったと振り返っています。

ところがNSCを出ると、それまでの感覚では通用しなくなりました。

仕事やライブで結果が出ない時間が増える一方で、コンビの距離も悪い方向へ変わっていきます。

金ちゃんは良ちゃんから同期や先輩との付き合いまで細かく気にされることに負担を感じ、ストレスで頭に10円ハゲができたことまでありました。

解散と別コンビ時代を経て、鬼越トマホークを再結成

NSCで評価された2人は、そのまま順調に売れていったわけではありません。

関係が悪化した末に金ちゃんから解散を告げ、それぞれ別の相方と活動する時期へ入ります。

仲が悪化し、それぞれ別の相方と活動

解散したあと、金ちゃんも良ちゃんも新しい相方を見つけて別々のコンビを組みました。

ところが、離れたからといって状況が好転したわけではありません。

金ちゃんは新しいコンビで、B’zの稲葉浩志のような格好をしてコントをすることもあり、本人の中には「自分は何をやっているんだ」という違和感が残っていました。

それまで同じような体格と強い見た目の2人で活動していたため、別の人と組んだことで初めて、自分たちの見た目がコンビとして一つの特徴になっていたことにも気づいていきます。

別々ではうまくいかず、再び2人で組むことに

やがて良ちゃん側から、もう一度鬼越トマホークでやらないかという話が出るようになります。

2013年のインタビューでは、良ちゃんから「やっぱり鬼越トマホークなんじゃない!?」という趣旨のメールが来たと金ちゃんが話しています。

一度は顔を見るのも嫌になるほど関係が悪化していた2人でしたが、離れてみると相手の存在を違う角度から見るようになりました。

別の相方と活動して初めて、もう一度この2人でやる選択肢が現れました。

金ちゃんと良ちゃんは再び鬼越トマホークとして活動を始めます。

なお、2025年に発売された2人の公式書籍では、コンビの歩みが「二度の解散と再結成」として整理されています。

若手時代には一度離れただけでは終わらないほど衝突を重ねながら、それでも最終的に2人で活動を続ける形へ戻っていきました。

若手時代の仕事とアルバイト|売れる前は2人で「剥がし」も経験

再びコンビで動き始めても、すぐに芸人の仕事だけで生活できるようになったわけではありません。

劇場やテレビへ少しずつ出ながら、生活のためにアルバイトを続ける時期がありました。

テレビへ出ても芸人収入だけでは生活できなかった時期

2013年には「ぐるぐるナインティナイン」の「おもしろ荘」へ出演するなど、少しずつテレビの仕事も経験しています。

ただし、テレビへ出た経験があることと、芸人の収入だけで暮らせることは別でした。

ヨシモト∞ホールなどで活動しながら、2人はさまざまな仕事を経験しています。

当時を知る良ちゃんによると、相方と同じアルバイトをすると、そこで出た愚痴や出来事をそのまま漫才やコントの材料にできることもあったそうです。

アイドルイベントで金ちゃんと良ちゃんが「剥がし」を担当

若手時代のアルバイトの中でも珍しいのが、アイドルのイベントスタッフでした。

握手会で決められた時間になったら、ファンをアイドルから離す「剥がし」と呼ばれる仕事を、金ちゃんと良ちゃんの2人で担当しています。

当時はすでにテレビへ時折出ていたため、会場へ行けば「どこかで見たことがある鬼越トマホーク」がスタッフとして立っている状態でした。

しかも2人とも大柄で強面だったため、握手時間を知らせる役として見た目まで仕事に合っていました。

テレビへ少し出始めてからも、金ちゃんと良ちゃんは2人でアルバイト現場に立っていた時期がありました。

このころの鬼越トマホークは、仕事が増える兆しはありながらも、まだ現在のようなポジションには届いていませんでした。

2014年、本気の殴り合いから「ケンカ芸」が生まれる

鬼越トマホークの名前が広く知られるきっかけになったケンカ芸は、最初から計算して作ったネタではありませんでした。

始まりは2014年8月5日の初単独ライブ「鬼が如く」を目前に控えた、吉本本社での出来事です。

初単独ライブ直前、JUJUの出囃子をめぐって本気のケンカに

ライブ本番の数日前になっても、2人には完成したネタがありませんでした。

まずは舞台へ出る際に流す出囃子だけでも決めようとなり、金ちゃんと良ちゃんがそれぞれ候補曲を持ち寄ります。

プロレス好きの良ちゃんは2人の外見にも合うプロレスラーのテーマ曲を用意しましたが、金ちゃんが選んだのはJUJUでした。

時間がない中での選曲に良ちゃんが腹を立て、やり取りは廊下での言い争いから体育館での取っ組み合いへ変わります。

「本番の2〜3日前の時点で、ネタが1本もできていないという状態でした」

QJWeb

周囲にはほかの芸人もおり、止めに入った先輩に対しても良ちゃんが勢いのまま言葉をぶつけました。

金ちゃん自身も殴られて倒れるほどで、このときは笑わせるためではない本気のケンカでした。

現在のケンカ芸の出発点は、単独ライブ直前に起きた実際の殴り合いだったことになります。

千原ジュニアが本気のケンカをテレビ企画へ変える

騒動はその場だけでは終わらず、芸人たちの間で話が広がっていきました。

そのエピソードを耳にした千原ジュニアが、自身の出演するテレビ東京系「ざっくりハイタッチ」で企画にすることを提案します。

番組では、2人がケンカを始め、仲裁へ入った出演者に良ちゃんが強い言葉をぶつけ、そのあと金ちゃんが「本当はそんなこと思っていないと思うんですけど」と入って、さらに核心を突く一言を重ねる形が作られていきました。

現場ではディレクターらも一緒に言葉を考え、偶然起きたトラブルがテレビで成立する型へ整えられています。

テレビ東京の公式記録では、2015年8月にも「誰が止める!?若手芸人が大ゲンカ!!」として鬼越トマホークの企画が放送され、複数の先輩芸人が仲裁役として出演しています。

クビを覚悟するほどの失敗が、そのまま2人にしかできないテレビの芸へ変わりました。

注目されても、すぐには売れなかった時間が続く

ケンカ芸がテレビで放送されると鬼越トマホークの名前はそれまで以上に知られるようになりましたが、ここで一気に仕事が安定したわけではありません。

本人たちは後年、番組で大きな反響があったあとも仕事が再び減り、そこから数年間は思うように状況が変わらなかったと話しています。

2017年ごろに行った単独ライブではヨシモト∞ホールの客席を埋められず、実家「居酒屋金ちゃん」の常連客にも来てもらったほどでした。

ケンカ芸が生まれた2014年と、テレビで安定して使われるようになった時期の間には数年の隔たりがあります。

2018年「ウチのガヤ」が転機|錦戸亮との共演から知名度が広がる

鬼越トマホーク自身が大きな変化として挙げているのが、2018年です。

それまでケンカ芸は主に芸人を相手に使われていましたが、ここから相手の幅が大きく広がりました。

芸人以外へ初めてケンカ芸を仕掛けた錦戸亮回

日本テレビ系「ウチのガヤがすみません!」へ出演した際、錦戸亮が好きな芸人として鬼越トマホークの名前を挙げました。

そこで2人は、これまで芸人を中心に使っていたケンカ芸を芸人ではない錦戸亮に対して披露します。

「初めてそこで、芸人以外の人にケンカ芸をやるっていう」

スポニチアネックス

この形が番組で受けると、その後は俳優やミュージシャンなど、芸人以外のゲストに対してもケンカ芸を使う機会が増えていきました。

2018年の錦戸亮との共演によって、ケンカ芸が「芸人同士の内輪の芸」から幅広いゲストに使える形へ変わりました。

金ちゃん自身も、この時期から鬼越トマホークの知名度が広がっていったと振り返っています。

M-1を追うコンビから、ケンカ芸を生かす方向へ

一方で、M-1を見て芸人になった金ちゃんにとって、漫才への思いがなくなったわけではありませんでした。

2018年にも鬼越トマホークは、M-1決勝を目指して仲間とネタを磨くライブを行っています。

ところがネタへ力を入れようとすると2人の関係が悪化することもあり、金ちゃんはM-1へ再び本気で取り組もうとした時期に、約3か月にわたって仲が悪くなったことを明かしています。

ケンカ芸の仕事が増える中で、2人は「ネタだけを追う以外にも自分たちの道がある」と考えるようになりました。

M-1だけを追い続ける形から距離を置いたことで、逆にコンビ間の関係は以前より安定していきます。

テレビで売れた後、再び漫才へ|7年ぶり単独ライブで感じた変化

ケンカ芸を軸にテレビ出演が増えると、鬼越トマホークは漫才以外の場所でも仕事をするコンビになっていきました。

2020年には公式YouTube「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」も始まり、ゲスト芸人の半生を聞く企画など、トークを中心とした活動も増えています。

テレビの仕事が増れる一方で、ネタから離れた時期

テレビやYouTubeで仕事が続くようになると、2人だけで長時間ネタに向き合う機会は以前より減っていきました。

単独ライブも長く行わず、2017年の公演から次の単独ライブまでは7年間空いています。

その間も漫才師として劇場へ立つ機会はありましたが、新ネタだけを並べて一つの公演を作る生活とは距離ができていました。

そんな2人に再び単独ライブを勧めたのが、放送作家の大井洋一でした。

2024年の単独ライブで漫才の高揚感を思い出す

2024年9月、鬼越トマホークは東京・ルミネtheよしもとで7年ぶりの単独ライブ「やれんのか!?」を開催しました。

前回とは違い、新ネタだけで約90分の公演を作る内容でした。

金ちゃんは準備の途中で、ほかの芸人を呼んで合同コントにする案を出すなど、何度も負担から逃れようとしたことまで明かしています。

それでも2人だけで新しいネタに向き合い、本番では立ち見まで入る客席の前で漫才を披露しました。

「思い出しましたね。漫才がウケたときの高揚感とか」

お笑いナタリー

M-1を見てお笑いの世界へ入った金ちゃんが、テレビで売れたあとにもう一度「漫才がウケる感覚」を思い出した瞬間でした。

牛角の店長からNSCへ進み、良ちゃんとの解散と再結成を繰り返しながら続いた芸人人生は、再び2人でネタを作る場所までつながっています。

板橋の「居酒屋金ちゃん」で育ち、小学生では子役、高校では野球部、卒業後には焼肉店の店長を経験した金ちゃんは、M-1を見たことをきっかけにNSCへ入りました。

そこで良ちゃんと出会い、別々に活動した時期を経ても再び2人で組み、本気のケンカまでテレビの芸へ変えてきました。

現在の鬼越トマホークの姿は、強面の2人が最初から完成されたケンカ芸を持っていたのではなく、離れたりぶつかったりしながら同じコンビを続けてきた時間の先にあります。

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