人物プロフィール
キングオブコント2023で準優勝したカゲヤマのタバやん。さんは、大掛かりな小道具を使ったコントや、相方・益田康平さんとの息の合ったネタで知られています。
現在まで長く一緒に活動している2人ですが、出会ったのはNSCではなく、東京都練馬区の中学校でした。
しかもタバやん。さんは高校卒業後すぐ芸人になったわけではなく、工業高校を出たあとに一度就職し、その後フリーターになってからお笑いの道へ進んでいます。
中学時代からの友人だった益田さんを何度も誘い、2人そろってNSC東京校へ入ったことが、カゲヤマの始まりでした。
その後すぐに生活が安定したわけではなく、2人で約15年続けた清掃のアルバイトを辞めた翌年、キングオブコントで準優勝するまでには、劇場、単独ライブ、同期からの厳しい言葉、沖縄でのネタ修行など多くの時間がありました。
タバやん。の生い立ちと家族|練馬で育ち、小学生から志村けんが好きだった
タバやん。さんは1985年7月15日生まれ、東京都練馬区出身で、現在も吉本興業の公式プロフィールにはNSC東京校14期生として掲載されています。
テレビでコントを見ていた子ども時代から、お笑い芸人という仕事は遠い世界のものではなく、自分が進みたい道として意識していたようです。
小学生のころからドリフを見て「芸人になりたい」と考えていた
小学生のころによく見ていたのがザ・ドリフターズで、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』などを楽しみ、特に志村けんさんが好きでした。
後年のインタビューでは、当時から芸人になることを考えていたと明かしています。
「ずっとお笑い芸人になりたかったんです」
マイナビニュース
芸人になるという発想は高校卒業間際に突然生まれたものではなく、小学生のころから長く持ち続けていたものでした。
「18歳を過ぎたら好きなことを」という家庭で育つ
進路を考える時期になっても、タバやん。さんの家族は芸人になることを強く止める立場ではありませんでした。
本人によると、家庭には「18歳を過ぎたら、自分の人生だから好きなことをやればいい」という考えがあり、お笑いの道へ進むことも受け入れてもらえたといいます。
のちに益田さんを芸人の道へ誘った際には両家で反応が大きく異なりますが、それは実際にNSC進学が動き出した時期に起きた出来事でした。
中学・高校時代|益田康平とサッカー部で出会い、お笑いへ熱中
現在のカゲヤマにつながるもう一つの大きな出会いは、中学生のころにありました。
同じ練馬区で育った益田康平さんとは、中学校のサッカー部で一緒になります。
中学サッカー部の「ベンチ同士」だった益田と仲良くなる
サッカー部では、タバやん。さんがゴールキーパー、益田さんがディフェンダーでした。
本人たちが後年話しているところでは、どちらも試合に出続ける中心選手というより、ベンチにいる時間が長い部員同士だったといいます。
芸人になってから知り合った仕事上の相方ではなく、中学時代から一緒に過ごしていた友人だったことが、カゲヤマのコンビ形成では重要になります。
卒業して別々の進路へ進んだあとも縁は切れず、やがて社会人になってからも中学時代の仲間たちと集まり、毎週のようにフットサルをする関係が続いていました。
工業高校へ進み、お笑いを見る時間はさらに増えていった
中学校を卒業したタバやん。さんは工業高校へ進学します。
小学生から好きだったお笑いへの熱は高校でも続き、『爆笑オンエアバトル』や『M-1グランプリ』を見るようになりました。
その後は『M-1』の敗者復活戦を実際に見に行ったり、『爆笑オンエアバトル』の観覧審査員を経験したりするほど、舞台でネタを見る側にも踏み込んでいきます。
テレビで人気芸人だけを見るのではなく、まだ全国区になる前の芸人がネタで競う場所にも自然と関心が向いていました。
工業高校卒業後に就職|それでも消えなかった芸人への思い
高校を卒業するころには子どものころから抱いてきた芸人志望がありましたが、タバやん。さんが最初に選んだのは就職でした。
すぐNSCへ入るのではなく、一度社会へ出て働く時間を挟んでいます。
「社会経験」のため1年間働き、その後フリーターへ
工業高校を卒業すると、約1年間会社員として働きました。
本人は後年、この就職について芸人を諦めた結果というより、社会経験をしてみようという意味合いだったと説明しています。
1年ほどで仕事を辞めてフリーターになっても芸人への気持ちは残っており、次に考えたのが「誰とやるか」でした。
毎週のフットサルで会っていた益田を何度も芸人の道へ誘う
社会人になっても、中学サッカー部の仲間たちとは毎週のようにフットサルをしていました。
その中でタバやん。さんが、笑いのツボや「面白い」と感じる感覚が一番合うと思っていたのが益田さんです。
一人でNSCへ入ることには違和感があり、昔から気の合う益田さんへ何度も声をかけるようになりました。
「益田とやったら200%売れる」
マイナビニュース
「この相手となら一人でやる以上のものになる」と考え、自分から益田さんを誘ったのが、タバやん。さんが芸人になる直接の一歩でした。
企業の内定よりNSCを選んだ益田と、メロンを持って訪ねた母
一方の益田さんは高校卒業後に法政大学へ進み、就職活動では有名企業から内定も得ていました。
もともとタバやん。さんほどお笑いにのめり込んでいたわけではありませんでしたが、誘われてお笑いライブへ足を運び、芸人たちがライブ内のランキングで競っている姿などを見るうちに、お笑いの世界へ気持ちが傾いていきます。
最終的には内定した会社ではなく、タバやん。さんと一緒にNSCへ入る進路を選びました。
この決断には益田さんの両親が強く反対し、そこでタバやん。さんの母親は、自分の息子が益田さんを芸人へ誘ったことを気にして、メロンを持って益田家へ謝りに行ったといいます。
中学で同じサッカー部にいた2人が、卒業後それぞれ就職や大学という別の道を通り、再び同じ進路へ合流することになりました。
NSC東京14期からカゲヤマ結成へ|中学の友人とプロの世界へ
益田さんの進路が決まり、2人はそろって芸人になるための入口へ向かいます。
ここではNSCへ入った年と、カゲヤマを正式に結成した時期を分けて見る必要があります。
2008年にNSC東京校へ入り、ダイタク・ネルソンズ・山添らと同期に
2008年、2人はNSC東京校14期へ入ります。
NSC公式の卒業生一覧では、同じ東京14期にダイタク、ネルソンズ、相席スタート・山添寛さん、EXIT・りんたろー。さん、スパイクらの名前が並んでいます。
この同期たちは、のちにカゲヤマのネタへ厳しい意見を言う重要な存在になっていきます。
ただ、NSCへ入る前の2人はテレビで見る芸人の世界は知っていても、劇場に出続けることや、ルミネtheよしもと、営業といった芸人の日常まではよく分かっていませんでした。
憧れていた「テレビのお笑い」の手前に、劇場でネタを作り続ける長い時間があることを、ここから知っていきます。
2009年4月にカゲヤマ結成、名前は影山ヒロノブに由来
吉本興業の公式プロフィールでは、カゲヤマの結成は2009年4月とされています。
NSCへ入った2008年とコンビ結成の2009年は同じ時点ではなく、養成所生活を経て現在のコンビが形になりました。
「カゲヤマ」という名前は、2人とも好きだった歌手の影山ヒロノブさんが由来です。
タバやん。さんは、海外で影山ヒロノブさんの名前を呼ぶ「カゲヤ~マ」という響きをテレビで耳にして気に入り、益田さんへ話したところ意見が一致したと説明しています。
中学の友人だった田畑孝一さんと益田康平さんは、こうして「カゲヤマ」としてプロの舞台へ進み始めました。
若手時代は大道具コントと15年の清掃バイト
コンビを組んだからといって、すぐにテレビの仕事だけで生活できるようになったわけではありません。
若手時代のカゲヤマは、劇場でネタを続ける一方、2人で同じ清掃のアルバイトへ入り、その収入を生活だけでなくコントの道具にも使っていました。
扇風機を分解して「暴走ケバブ」を作った初期のコント
2014年8月、吉本興業の公式インタビューに登場した際、タバやん。さんはまだ「田畑孝一」名義で紹介されていました。
当時のカゲヤマは、大掛かりな小道具を使うドタバタしたコントを特徴の一つにしており、その中に「暴走ケバブ」という仕掛けがあります。
ケバブが高速で回ったら面白いという発想から、タバやん。さんは自分で装置を作っていました。
「扇風機を解体して、モーターを使ってつくったんです」
よしもとニュースセンター
現在の吉本公式プロフィールにも「段ボールなどで大きな道具を作る」が特技として掲載されていますが、若手時代にはすでにそれを実際のコントへ持ち込んでいました。
単独ライブの小道具代を清掃バイトで稼ぐ生活
2014年にはヨシモト∞ホールで2回目の単独ライブ「人にやさしく」を開催しています。
そのインタビューで明かされたのが、ライブで使う小道具の費用を自分たちで負担していたことでした。
1回目の単独では2人で約5万円を負担し、2回目には約10万円分の小道具を用意するつもりで、打ち合わせや稽古の合間に仕事を入れていました。
エアコン清掃などの日雇い仕事で得たお金を、自分たちのコントの小道具へつぎ込んでいたのです。
最初の単独ライブでは客席の空いている部分に段ボール製の人型を置き、「満員」に見せたこともあったと話しています。
客席が埋まらない時期にも、次の単独ではさらに大きな道具を作ろうとしていました。
終電から始発まで働いた、2人共通の清掃バイト
この清掃の仕事は一時的なものではなく、カゲヤマの2人はエアコンやダクトを清掃する同じアルバイトを約15年間続けました。
現場によっては終電後から始発ごろまで働き、1回で手取り約1万円を得られたため、昼間や夕方にライブがある芸人にとって時間の組み方がしやすかったといいます。
舞台の仕事だけでは生活できない時期に、夜の清掃現場と劇場を行き来する生活が長く続きました。
仕事をしながらライブへ出て、そこで得たアルバイト代をネタの道具へ戻すこともあったため、生活とコント作りがそのままつながっていた時期でもあります。
ダイタクに居酒屋で厳しく叱られた出来事が転機に
若手時代のカゲヤマを近くで見続けたのが、NSC東京14期の同期たちです。
タバやん。さんによると、2013年ごろ、同期のダイタクをMCにして自分たちがネタをするライブがあり、その日のネタの出来がかなり悪かったことがありました。
ライブ後に居酒屋へ行くとダイタクから厳しく指摘され、2人とも泣き崩れそうになるほどだったといいます。
タバやん。さん自身が、後年この出来事を「ターニングポイント」として挙げています。
ダイタクだけでなく、ネルソンズや相席スタート・山添寛さんらも、その後長くカゲヤマのネタへ厳しい意見を伝える同期になりました。
自ら沖縄へ行き、30日間毎日新ネタを作る
2016年ごろには、吉本の芸人が1か月単位で沖縄へ行く取り組みに、自分たちから参加を希望しています。
昼間は吉本が運営していた「沖縄おもろおばけ屋敷」でおばけ役を務め、その後に沖縄花月へ出演する生活でした。
ただ出演するだけではなく、2人は毎日違うネタを用意しました。
「30日間、毎日新ネタをやった」
FANY Magazine
1か月で30本の新ネタを舞台へ出す経験を、益田さんは2023年になってもカゲヤマの転機の一つとして挙げています。
2018〜2020年|占い芸人、KOC準決勝、池袋駅での方向転換
結成から10年近くが過ぎるころ、タバやん。さん個人にも新しい仕事が加わります。
一方でコンビとしては賞レースで結果が出始め、コロナ禍には何を活動の中心にするのかを2人で話し合うことになりました。
106人から7人に選ばれ、姓名判断を学ぶ
2018年、吉本興業とザッパラスによる「占い芸人育成プロジェクト」が行われました。
芸人106人が応募した中から選ばれた7人の一人がタバやん。さんで、担当する占術として姓名判断を学びます。
コントとは別に「占い芸人・タバやん。」としての活動が始まったのは、このプロジェクトがきっかけでした。
この姓名判断は一度きりの企画で終わらず、数年後には本人監修の占いコンテンツが作られる活動へ広がっていきます。
2019年、キングオブコントで準決勝へ
コンビ活動では、キングオブコント2019で準決勝まで進みました。
大会公式の2019年結果にも、準決勝進出34組の中にカゲヤマの名前が掲載されています。
この時点ではまだ清掃のアルバイトを続けており、賞レースで上位へ進んでも、それだけで生活が一変する状況ではありませんでした。
コロナ禍に「YouTubeかネタか」を池袋駅で1時間話し合う
2019年にはYouTubeチャンネル「あむあむWORLD」を始め、翌年以降のコロナ禍では舞台以外の活動も重要になっていました。
タバやん。さんはYouTubeへさらに力を入れて収入につなげようと考えましたが、益田さんから出たのは、ネタと賞レースをもっと重視したいという提案でした。
2人は池袋駅の改札内で約1時間、今後の方向について話し合います。
そこで「芸人なのだから、もう一度ネタを頑張ろう」と方向を定めたことを、タバやん。さんは後年の転機として挙げました。
35歳ごろ、益田の「楽しいだけではダメ」という言葉を受ける
タバやん。さんは長い若手時代について、芸人を辞めたいと考えたことはほとんどなく、部活動のような感覚でお笑いを楽しんでいたと話しています。
その空気が変わったのが35歳前後で、益田さんからこんな言葉をかけられました。
「楽しいだけじゃダメなんだよ」
マイナビニュース
一緒にいること自体が楽しい中学時代からの友人同士が、賞レースで結果を出すためのコンビとして、ネタへの向き合い方を変えていく時期に入っていきます。
2022年M-1直前|2人で15年続けた清掃バイトを辞める
コロナ禍の話し合いから数年後、カゲヤマには生活そのものを変える決断が訪れます。
それまで劇場や賞レースと並行して続けていた、約15年の清掃アルバイトを終えることになりました。
朝方まで働いたあと、ラーメンを食べながら退職を決める
2022年12月、『M-1グランプリ』敗者復活戦を約1週間後に控えたころ、2人は一緒に清掃現場へ入っていました。
その日の現場は特に厳しく、作業は朝方まで続きました。
仕事が終わるころに「もう辞めようか」という話になり、その後2人でラーメンを食べながら今後を話します。
中学からの友人2人が、約15年間一緒に続けてきたアルバイトを、M-1敗者復活戦の直前にそろって辞めることを決めました。
すぐに芸人の収入だけで安定する保証があったわけではなく、「この清掃の仕事にはもう入りたくない」という思いも大きかったと本人たちは率直に話しています。
M-1準決勝・敗者復活戦が次の転機になる
カゲヤマはM-1グランプリ2022で準決勝へ進み、敗者復活戦にも出場しました。
M-1公式サイトの敗者復活戦出場者にもカゲヤマの名前が残っています。
決勝進出には届かなかったものの、清掃バイトへ戻らず芸人の仕事を続け、その後しばらくは生活費がぎりぎりの時期を過ごしました。
FANY Magazineのインタビューでは、タバやん。さんが、バイトを辞めてから約半年をぎりぎりの状態でつないだと振り返っています。
その先で迎えたのが、翌2023年のキングオブコントでした。
キングオブコント2023準優勝|仕事量が3〜4倍に
2023年、カゲヤマは結成15年目でキングオブコントの決勝へ初めて進みます。
大会前から準決勝まで残っていたコンビの中でも、決勝当日に大きく印象を残す結果となりました。
約5年ぶりの単独ライブから、決勝1本目のネタが生まれる
決勝のファーストステージで披露した「料亭」のネタは、その年に行った約5年ぶりの単独ライブへ向けて作ったコントがもとになっています。
当初はおしりを小道具で表現する予定でしたが、構成作家の山田ナビスコさんから実際に見せたほうが面白いという意見が出て、現在知られている形へ変わりました。
レインボー・ジャンボたかおさんや、そいつどいつらからも勝負できるネタではないかと言われ、キングオブコントの準々決勝へ持っていくと大きな笑いが起きました。
若手時代から大道具を自作してきたカゲヤマが、約5年ぶりの単独ライブで作った一本を、そのまま大舞台へ持ち込んだことになります。
普段厳しい同期たちの「面白い」を信じて2本目を決める
ファイナルステージで披露した「DNA鑑定」は、2人が普段の雑談をしているところから生まれました。
劇場ではおよそ15回披露したものの、本人たちの感覚では特に強くウケたのは2回ほどで、決勝に持っていくか迷いもありました。
そこで背中を押したのが、長い若手時代からネタを厳しく見てきたダイタク、ネルソンズ、山添寛さん、和田まんじゅうさんらでした。
普段なら誰かしら厳しいことを言う同期たちがそろって「このネタは面白い」と評価したため、カゲヤマは2本目として出すことを決めます。
約10年前に居酒屋でネタの出来を厳しく指摘した同期たちが、今度は決勝で使うネタを後押しする存在になっていました。
合計945点で準優勝、仕事量が3〜4倍へ
決勝ではファーストステージで469点、ファイナルステージで476点を獲得しました。
合計945点でキングオブコント2023準優勝となり、結成15年目で一気に名前が広がります。
大会後にマネージャーが明かしたところでは、仕事量はそれまでの3〜4倍になりました。
それまでは夕方から劇場ライブが1、2本という日も多かったところに、朝からテレビ収録が入り、複数の劇場へ移動する日程へ変わっていきます。
15年続けた清掃バイトを辞めてから約1年後、芸人の仕事だけで予定が埋まる状況になりました。
「賞レースに救われました」
マイナビニュース
現在のタバやん。|劇場・占い・賞レースを続ける
KOC準優勝後も、タバやん。さんの活動はカゲヤマとしてのコントだけに絞られていません。
2018年に学び始めた姓名判断も継続しながら、2026年には体調不良による休養と復帰を経験しました。
2018年に始めた姓名判断が「占い芸人」としての仕事へ
106人から7人に選ばれた占い芸人育成プロジェクトから年月がたち、姓名判断はタバやん。さん個人の仕事として残りました。
2025年には本人の姓名判断を再現したデジタルコンテンツが登場し、2026年6月3日にはタバやん。さん監修の「名前診断」コンテンツがcocoloni占い館 Moonで提供開始されています。
若手時代の途中で始まった占いが、現在では「占い芸人・タバやん。」として独立した活動の一つになっています。
2026年の休養と舞台復帰、退院後にKOC準々決勝へ
2026年4月、タバやん。さんは体調不良のため予定していた公演を休演し、その後しばらく休養に入りました。
約3か月後の7月21日、カゲヤマの舞台へ復帰し、益田さんもSNSで復帰を報告しています。
さらに8月17日、冒頭に掲載した本人のXで、休養中に脳梗塞で入院していたことを自ら公表しました。
退院から約1か月後にはキングオブコント2026の準々決勝へ出場し、結果は敗退となったものの、再びカゲヤマとしてネタを披露しています。
復帰後もカゲヤマとして劇場に立つ
吉本興業の公式プロフィールでは現在もカゲヤマのメンバーとして掲載され、復帰後の公演予定にもコンビ名が並んでいます。
2026年9月23日には、山添寛さん、りんたろー。さん、ネルソンズら東京NSC14期のメンバーと出演する「カゲヤマpresents 14期大暴れツアーin OKINAWA 2026」も予定されています。
小学生のころにドリフや志村けんさんを見ながら芸人を思い描いていたタバやん。さんは、中学で出会った益田さんを誘い、自分が長く望んでいたお笑いの世界へ入りました。
劇場と清掃バイトを行き来した時期を経て、ネタに向き合い続けた2人は、結成15年目のキングオブコントで準優勝します。
その後もカゲヤマとして舞台へ戻り、子どものころから好きだったお笑いと、途中から身につけた姓名判断の両方を仕事にしています。












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