人物プロフィール
角刈りに丸い体形、コントでは強烈なおじさん役まで演じるジェラードンのアタック西本さんは、現在の姿からは想像しにくいほど若いころの雰囲気が違います。
細身だった時代には相方のかみちぃさんから、錦戸亮さんに似ていると言われるほど格好よかったと振り返られたこともあり、「昔」「若い頃」「イケメン」という言葉と一緒に名前が挙がるのも納得できる姿でした。
ところが、その青年が最初からお笑い芸人になるつもりだったわけではなく、高校卒業を前にしても進路は決まっていませんでした。
芸人人生が動き出した直接のきっかけは、進路を心配した高校の先生から吉本の養成所を勧められたことでした。
そこから高校の同級生だった海野裕二さんとの上京、かみちぃさんとの出会い、長い若手時代、そして2017年の角刈りへと、現在のアタック西本さんにつながる出来事が続いていきます。
アタック西本の生い立ちと家族|名古屋で絵を描いた子ども時代
アタック西本さんは1987年7月14日生まれ、愛知県名古屋市出身で、吉本興業の公式プロフィールには現在も「絵を描くこと」が特技の一つとして記されています。
現在はコントで体を張る印象が強い一方、子どものころから長く続いているものの一つが絵でした。
父の影響も受け、子どものころから絵を描き続ける
西本さんは後年、父親が設計士だったことが絵を描くようになった背景にあると明かしており、父親の仕事を手伝うなかで自分が絵を描けることに気づいたといいます。
現在まで続く絵の特技は、芸人になってから突然始めたものではなく、子どものころから家の中で育っていたものでした。
2022年に出演したABEMAの番組でも、幼少期から絵を描いていたことや父親から受けた影響について本人が語っています。
両親について公に語られている情報は多くありませんが、母親との間には西本さんらしい中学生時代の出来事も残っています。
中学では『SLAM DUNK』を模写、自作漫画を母に見つけられる
学校では机が落書きで黒くなるほど絵を描き、井上雄彦さんの漫画『SLAM DUNK』を好んで模写していました。
桜木花道や赤木剛憲、流川楓、沢北栄治などを描き、自分でキャラクター同士を対戦させる絵まで作っていたといいます。
中学生になるころには自分でも絵が得意だと感じるようになり、休日には部屋で自作漫画まで描くようになりました。
ところが、人に見せるつもりではなかった刺激の強い内容の漫画を引き出しにしまっていたところ、母親に発見されてしまいます。
「たけちゃん、普通の人間になって……」
月刊芸人
母親が泣き、西本さんも一緒に泣いたという、後年まで本人の記憶に残る出来事でした。
絵はここで終わらず、高校、芸人時代へとそのまま続いていきます。
アタック西本の昔・学生時代|海野とサッカー部、「面白い人1位」の高校生
中学校を卒業した西本さんは名古屋の高校へ進み、ここで後に長くジェラードンを共にする海野裕二さんと出会いました。
現在の芸人人生をたどるうえで、高校時代はお笑い、相方、進路という三つの線が初めて重なる重要な時期です。
名古屋の高校で海野裕二と同級生になり、同じサッカー部へ
西本さんと海野さんは高校の同級生で、同じサッカー部に所属していました。
ただし、このころから2人が将来コンビを組むと決めていたわけではありません。
海野さんから見た当時の西本さんは、学校の中でとにかく目立つ存在でした。
「高校時代スーパースターだった」
bizSPA!フレッシュ
後に一緒に東京へ出ることになる海野さんが、芸人になる前から西本さんのお笑い面での存在感を強く感じていたことが分かる言葉です。
『ガキ使』をまね、学校の「お笑いカリスマ」を集めて大喜利
高校時代の西本さんは『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』などを見て、その遊びを学校へ持ち込んでいました。
学校内で面白いと思っていた生徒を5人ほど集めて大喜利をすることもあり、西本さん自身がメンバーを選ぶ側に回っていたといいます。
本人は当時、周囲のお笑いに対して少し厳しい見方をしていたとも語っており、学校の中では自分たちがお笑いに詳しいという感覚も持っていました。
一方で、この時点ではネタの作り方を学んでいたわけではなく、プロの世界との距離を知るのはNSCに入ってからでした。
卒業アルバムでは「面白い人1位」、高3ではイラストコンクールに入賞
高校卒業時のアルバムでは、西本さんが「面白い人ランキング1位」、海野さんが3位に入ったと2人で振り返っています。
芸人になる前から、学校の中では「面白い人」として知られる生徒でした。
同時期には絵でも結果を残しており、吉本興業の公式プロフィールによると、高校3年生のときにイラストコンクールへ応募して入賞し、賞金も受け取っています。
お笑いと絵の両方で周囲から反応を得ていた一方、高校卒業後に何をするかはまだ決まっていませんでした。
アタック西本が芸人になったきっかけ|進路未定から先生の一言でNSCへ
高校生活が終わりに近づいても、西本さんには進学や就職といった具体的な進路がありませんでした。
そこへ声をかけたのが、普段から西本さんが学校でお笑いのようなことをしている姿を知っていた先生でした。
卒業間近、先生から初めて「東京のよしもとの学校」を教えられる
進路が決まっていない西本さんに対して、先生は吉本興業のお笑い養成所という道を示しました。
「東京のよしもとの学校とかどうだ」
bizSPA!フレッシュ
西本さんがNSCの存在を知ったのは、この進路相談がきっかけでした。
「芸人になろう」と幼いころから一本道で進んできたのではなく、卒業直前に先生から示された選択肢が、お笑いの世界への入口になったのです。
2人に断られたあと海野を誘い、大学推薦が決まっていた海野と上京
ただ、西本さんは一人で東京へ行くことに不安があり、一緒にNSCへ入る相方を探し始めました。
最初に「こいつがいい」と思った人物へ声をかけたものの断られ、次にサッカー部で一緒だったお笑い経験のある友人を誘いますが、その友人もバンドをやるとして断りました。
そこで3人目に声をかけたのが海野裕二さんでした。
海野さんにはすでに大学への推薦が決まっていましたが、西本さんから誘われると東京行きを選びます。
大学推薦が決まっていた海野さんが進路を変え、西本さんと一緒にNSCへ進むことになりました。
海野さんには、高校時代から西本さんのお笑いに対する信頼がありました。
「こんな奴といたら売れるにきまってんじゃん」
bizSPA!フレッシュ
西本さんが一人で行くのをためらったことから、後のジェラードンにつながる最初の2人が東京へ向かうことになりました。
NSC東京12期で、自分たちが「全然レベルが低い」と知る
2人が入ったのはNSC東京校12期です。
高校ではお笑いに詳しい側だと思っていた西本さんでしたが、NSCへ入ると状況は一変しました。
コントの作り方さえ分からず、周囲には本気で芸人を目指して集まった同期がいる環境で、自分たちのレベルがまだ低いことを実感したと振り返っています。
学校で人を笑わせていた時間から、ネタを作って舞台へ立つための生活へと切り替わっていきました。
海野とのコンビからジェラードン結成へ|かみちぃを2年間断った西本
東京へ出た西本さんと海野さんは2人で芸人活動を始めますが、NSCではもう一人、後のジェラードンに欠かせない人物と出会っています。
同じNSC東京12期のかみちぃさんです。
高校から一緒だった海野と2人で芸人活動を始める
西本さんにとって海野さんは、高校の同級生であり、サッカー部の仲間であり、一緒に地元から東京へ出てきた相方でもありました。
西本さん自身はダウンタウンのような2人組で売れる形への憧れを持っており、海野さんとのコンビで成功したい気持ちが強かったといいます。
その2人へ近づいてきたのが、当時ピンやさまざまな組み合わせで活動していたかみちぃさんでした。
加入を求めるかみちぃを西本が断り続ける
かみちぃさんは海野さんとアルバイト先が同じで、住んでいた場所も近く、次第に海野さんと親しくなっていきました。
やがて「3人でやりたい」と加入を申し出ると、海野さんは前向きでしたが、西本さんは簡単には受け入れませんでした。
一度は加入を認めかけたものの、西本さんは夜にコーラを持ってかみちぃさんの家まで行き、「やっぱり2人でやりたい」と断ったという具体的な場面まで残っています。
西本さんには、親しくなった2人を見て「海野を取られるのでは」という感覚もあったといいます。
かみちぃさんはそこで諦めず、約2年間で8回ほど加入を申し込み続けました。
「2年間で8回くらいアタックして」
Seventeen-Web
約2年間のアタックを経て、2008年10月に3人組ジェラードン結成
最終的には、3人で一度ライブへ出てみることになりました。
そこで交わしたのが、そのライブで1位になったら3人で続けるという約束でした。
結果は1位となり、そのまま3人で活動することになります。
かみちぃさんが何度も加入を求めた末、2008年10月に3人組ジェラードンとしての活動が始まりました。
高校から一緒だった西本さんと海野さんの2人組に、NSC同期のかみちぃさんが加わるまでには約2年を要しています。
「ジェラードン」という名前は、サッカーの元イングランド代表スティーヴン・ジェラードに由来すると紹介されています。
若手・下積み時代|評価されても売れなかったジェラードン
3人になったジェラードンはコントを中心に活動していきますが、結成してすぐテレビの人気者になったわけではありません。
劇場でネタを続けながら、それぞれがアルバイトをし、少しずつ自分たちの形を探していく時期が続きました。
初期は「かみちぃ一強」のコント、西本は自分の立ち位置に悩む
初期のジェラードンでは、かみちぃさんが強烈なキャラクターを演じ、ネタの中心になる形が目立っていました。
西本さんは現在のように見た目そのものを笑いへ使う立ち位置ではなく、細身で髪も普通に伸ばした姿でした。
本人は当時、格好よく見られたい気持ちもあり、後に知られることになる角刈りのおじさんキャラクターとはまったく違う方向にいました。
芸人仲間からネタを評価されることはあっても、その評価がすぐ大きな仕事へ結びつくわけではなく、ジェラードンは劇場中心の期間を重ねていきます。
2013年から約5年間、バーレスク東京のボーイとして働く
生活を支えるため、西本さんは2013年から約5年間、バーレスク東京でボーイとして働いていました。
昼夜を問わず芸人一本で生活できていたわけではなく、舞台とアルバイトを並行する若手時代が長く続いていました。
この職場にはダンサーとして働いていた女性がおり、西本さんは後にその女性と交際して結婚することになります。
西本さんによれば、彼女は若い男性スタッフを食事へ連れていくような姉御肌の存在で、職場で知り合ったことから2人の関係が始まりました。
芸人とアルバイトを両立していた2014年には、現在とはかなり雰囲気の違う西本さんが吉本の公式動画にも残っています。
この時期の映像を見ると、のちの角刈り姿との違いがよく分かります。
2015年「おもしろ荘」で注目されても、すぐにはブレイクしなかった
2015年には日本テレビ系『ぐるぐるナインティナイン』の人気企画「おもしろ荘」へ出演しました。
テレビで名前を知る人が増える機会にはなりましたが、この出演だけで仕事が一気に安定したわけではありません。
ジェラードンはその後も劇場へ立ち続け、西本さんもバーレスク東京での仕事を続けています。
そして2017年、現在の西本さんを見れば当たり前に見える「ある髪型」が、まだ売れきっていなかったジェラードンの舞台を変えていきました。
昔はイケメンだった西本が2017年に角刈り|ウケが変わった沖縄の1か月
若手時代の写真や映像に映る西本さんは細身で、現在のイメージとはかなり違います。
その外見が大きく変わったのは2017年でした。
細身で錦戸亮に似ていると言われた若手時代
かみちぃさんによると、若いころの西本さんは錦戸亮さんに似ていると言われるほど格好よく、かなり細身だったといいます。
西本さん自身にも格好よく見られたい意識があり、現在のように自分の外見を積極的にコントの武器へ変える発想はまだ強くありませんでした。
ところが、ジェラードンとして活動を続けても思うような結果が出ないなか、その姿を自分から崩す出来事が起こります。
沖縄の劇場仕事2日目、突然角刈りにしてSNSへ
2017年、ジェラードンは沖縄の劇場で約1か月仕事をする機会がありました。
西本さんは沖縄へ入ってわずか2日目、美容室へ行って髪を角刈りにします。
現在まで続くアタック西本さんの象徴的な角刈りは、この沖縄滞在中に始まりました。
大きな番組や賞レースではなく、沖縄での仕事中に自分で髪型を変えたことが舞台上の変化につながっていきます。
「沖縄2日目で、西本が『髪切ってくるわ』って帰ってきたら角刈りになっていたんですよ」
FANY Magazine
舞台の反応が変わり、西本も強烈なキャラクターとして前面へ
角刈りにした写真をSNSへ載せると、東京にいた芸人仲間からすぐ反応が返ってきました。
舞台へ出たときの客席の反応にも変化が起こり、かみちぃさんは当時を次のように振り返っています。
「明らかにウケが変わりました」
マイナビニュース
それまでかみちぃさん側へ集まりやすかった視線が、西本さん自身にも向くようになりました。
沖縄滞在の終盤には、よしもと沖縄花月の公式Xも、西本さんが滞在のほとんどを角刈りで過ごしたことや絵の才能を紹介しています。
同年7月にはヨシモト∞ホールの「ファースト∞ブレイクスルーチャレンジ」でも優勝し、上位クラスへ昇格しました。
渋谷WINSで見たおじさんから「握手会」を作り、BAKE-MON優勝
角刈りで存在感を強めた西本さんは、街で見かける人物の特徴をコントへ取り込むことも増えていきます。
代表的な一本となった「握手会」のキャラクターも、実際に街で出会った人物がきっかけでした。
西本さんが渋谷の場外馬券売り場WINS付近にいたとき、競馬中継を見ながら独特な動きをする男性を発見します。
「この人だ!」
タウンワークマガジン
その人物の特徴を取り込んで生まれた「握手会」を武器に、ジェラードンは2017年11月、若手芸人667組が参加したBAKE-MONで優勝しました。
角刈りになった同じ年、西本さん自身のキャラクターを前面に出したネタで大会優勝まで進みました。
2017年は、外見を変えたこととネタの中での立ち位置がほぼ同時に変わった年でした。
2018年以降|大宮、結婚、改名、絵の仕事、キングオブコントへ
2017年に舞台上での形が変わったジェラードンは、翌年から活動の場をさらに広げていきます。
テレビだけでなく、劇場、YouTube、絵と、西本さんの仕事も少しずつ枝分かれしていきました。
大宮セブン加入とYouTubeでコントを作り続ける時期へ
2018年7月、ジェラードンは大宮ラクーンよしもと劇場を拠点とする「大宮セブン」へ加入しました。
大宮では独特な企画ライブにも数多く出演し、テレビとは別の場所で芸人同士が遊びながらネタやキャラクターを広げていきました。
同時にジェラードンはYouTubeへ大量のコント動画を投稿するようになり、西本さんはチャンネルをコント中心に絞ることを提案しています。
会議で細部まで台本を作り込むというより、部屋などの撮影場所を借り、その場で設定を膨らませながら撮ることも多く、週に複数本のコントを作る生活が続きました。
2020年、バーレスク時代に出会った女性と結婚
若手時代にアルバイトをしていたバーレスク東京で出会った女性とは交際へ進み、2020年2月に結婚しました。
結婚を伝えたかみちぃさんの投稿では、現在より細かった時代の西本さんの写真も紹介され、若いころとの外見の違いがよく分かります。
下積み中のアルバイト先で出会った相手と、芸人活動を続けた年月を経て家庭を持つことになりました。
西本武徳から「アタック西本」へ改名
同じ2020年11月には、それまで使用していた「西本武徳」から「アタック西本」へ芸名を変更しました。
2020年11月11日から、現在まで使われている「アタック西本」という名前で活動しています。
「本日から芸名が『アタック西本』に変わります。マジです。」
日刊スポーツ
学生時代から続いた絵が個展の仕事へ広がる
子どものころから続けてきた絵も、芸人として活動するなかで仕事になっていきました。
ライブのポスターやYouTube動画のオープニングに自作イラストを使い、タブレットを購入してからは制作量も増えていきます。
2021年3月にはヨシモト∞ドームで個展を開催し、115点の作品を展示しました。
中学生のころ机やノートに描いていた絵は、芸人になってからライブや個展を支えるもう一つの仕事になりました。
同年9月20日には家庭でも新しい出来事があり、西本さんに第1子となる女の子が誕生しました。
「本日この世に守るべき小さなアタックが産まれました!」
FANY Magazine
2021年、キングオブコントで初の決勝進出
そして2021年10月、ジェラードンはキングオブコントで初めて決勝へ進出しました。
2008年の結成から劇場、アルバイト、角刈りへの変化、YouTubeでのコント制作を重ねた末の初決勝でした。
キングオブコント2021では優勝には届かなかったものの、ジェラードンにとって初めての決勝進出となりました。
ただ、その年の終わりには3人での活動を続けるうえで大きな変化が起こります。
海野の休養から2人体制へ|現在のジェラードン
キングオブコント決勝から約2か月後の2021年12月、海野さんが体調不良のため休養することが吉本興業から発表されました。
ここから西本さんとかみちぃさんは、長期間にわたって2人でジェラードンの活動を続けることになります。
2021年末から西本とかみちぃの2人で活動する期間が長くなる
海野さんの休養後もジェラードンという名前は残り、西本さんとかみちぃさんの2人でテレビ、劇場、YouTubeなどへ出演しました。
2人になった直後には、これまで3人で作ってきたネタをそのまま使えるわけではなく、2人だけで成立するコントを探す時間が始まります。
2022年には西本さん個人でも絵の仕事がさらに広がり、ABEMA出演時には雑誌で4コマ漫画の連載を担当するようになったことを明かしました。
海野さんの休養が長期化する間にも、2人で舞台へ立つ状態は次第に日常になっていきます。
2025年に海野が脱退し、ジェラードンは正式にコンビへ
2025年1月には海野さんが約3年ぶりに復帰し、かみちぃさんも3人がそろったことをSNSで報告しました。
しかし翌2月、海野さんは本人の申し出によって吉本興業との契約を終了し、ジェラードンから脱退しました。
ここでジェラードンは、アタック西本さんとかみちぃさんによる正式な2人組になりました。
ただし2人での活動自体は2021年末から約3年間続いていたため、2025年に突然ゼロからコンビを作り直したわけではありません。
2人の形を作り直しながらコントを継続
正式に2人組となったあと、かみちぃさんは、すでに長期間2人で活動していたため自然と現在の形へ慣れていたと話しています。
「2人で3年はやってきたので、気づかないうちに慣れていました」
マイナビニュース
3人時代には2人とも海野さんへ話しかけることが多かったのに対し、西本さんは2人体制になってから、かみちぃさんへ直接話しかける機会が増えたとも明かしています。
ネタでも「かみちぃさんがひたすらツッコむ」と固定するのではなく、2人それぞれに合う役を探しながら新しいコントを作るようになりました。
2026年にはネルソンズとのユニット「ジェネレーソンズ」で全国10都市を回るツアーを行うなど、劇場でのコント活動も続いています。
2017年の「握手会」と型抜きが2026年のタウンワークCMへ
現在の仕事には、角刈りになった2017年以降に作ってきた西本さんのキャラクターがそのまま使われる場面もあります。
2026年9月1日から放送が始まったタウンワークのCMでは、ジェラードンが出演するWeb CMとして、2017年のBAKE-MON優勝時にも演じた「握手会」が再構成されました。
さらに、西本さんが自分の体をパネルへ通す「型抜き」も取り入れられています。
西本さん自身も「握手会」について、このネタをきっかけにジェラードンを知ってもらう機会が増えたと振り返っています。
2017年に街で見たおじさんから作った「握手会」が、9年後の2026年にも本人たちの仕事として使われました。
若いころの細身の姿から角刈りへ変わり、その外見と身体そのものをコントへ取り込んだスタイルは、現在のアタック西本さんを形作る大きな特徴になっています。
名古屋で絵を描き、学校では友人を集めて大喜利をしていた西本さんは、高校卒業前の先生の一言から海野さんと東京へ向かいました。
NSC、かみちぃさんの加入、長い若手時代を経て、2017年には角刈りと「握手会」で舞台上の姿が大きく変わりました。
現在はかみちぃさんとの2人組ジェラードンとして、昔から続くコントと絵、そして西本さん自身のキャラクターを使った活動を続けています。











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