梵天・しおたむの生い立ち|沖縄の姉妹がSEを辞め、薪子を誘って芸人になるまで

人物プロフィール

生年月日
1996年11月23日
身長
161cm
血液型
O型
出身地
沖縄県 うるま市
コンビ・グループ名
梵天
相方・メンバー
薪子
結成年
2022年
所属事務所
太田プロダクション
芸人活動開始年
2022年
養成所・スクール
太田プロエンタテイメントカレッジ 19期

姉の薪子さんと組むお笑いコンビ「梵天」で、ボケを担当しているしおたむさん。

2023年には「女芸人No.1決定戦 THE W」の決勝へ進出し、現在も太田プロのライブで姉妹ならではのしゃべくり漫才を続けています。

自由な言動で姉を振り回す妹という印象も強いですが、昔をたどると、沖縄県うるま市で育ち、球陽高校から関西学院大学へ進学し、卒業後には会社員として働いていました。

しかも芸人への道を最初に選んだのは姉ではなく、SEの仕事を辞めたしおたむさん自身が、会社員だった姉を芸人へ誘ったことから始まっています。

沖縄で過ごした家族との時間から学生時代、会社員生活を経て、なぜ姉妹コンビ「梵天」が生まれたのかを順番にたどっていきます。

しおたむの生い立ちと家族|沖縄県うるま市で4人きょうだいとして育つ

しおたむさんの出身地は沖縄県うるま市で、太田プロダクションの公式プロフィールでも同市出身と紹介されています。

相方の薪子さんとは2歳違いで、芸人になるよりずっと前から同じ家庭で育ってきた実の姉妹です。

公務員の父と母、兄・姉・弟がいる家庭で育つ

文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」に姉妹で出演した際、父親は公務員だったことが明かされました。

きょうだいは4人で、上から兄、薪子さん、しおたむさん、弟という構成です。

両親や親戚はお酒をよく飲む家庭だったそうで、現在の梵天のトークにも登場する家族の雰囲気は、こうした沖縄での生活の中にありました。

二人とも大学まで進学したこともあり、芸人になると聞いた両親はすぐには喜べなかったようです。

「芸人になった途端、娘がいないことになって(笑)」

文化放送

薪子さんも続けて、家では兄と弟だけがいることになっていると笑っており、姉妹そろって会社員から芸人へ進んだことが、家族にとってかなり意外な進路だったことが伝わります。

2歳上の姉・薪子と過ごした沖縄での子ども時代

薪子さんとは幼いころから同じ家で過ごし、その後も同じ石川中学校、同じ球陽高校へ進みました。

芸人としては薪子さんがツッコミとネタ作りを担い、しおたむさんがボケを担当しますが、二人の関係は仕事上の「相方」だけではありません。

後年も、けんかをして翌日になると特別な仲直りをしないまま普通に戻っていると語っており、漫才で見せる遠慮のないやり取りにも長年の姉妹関係がそのまま持ち込まれています。

父親は地元の闘牛が好きで、2023年のTHE W決勝前には、しおたむさんが将来うるま市で凱旋ライブをしたいとも話していました。

石川中から球陽高校へ|「勉強だけはできた」と語る学生時代

しおたむさんは芸人になるまで一直線にお笑いだけを追ってきたタイプではありません。

学校生活を経て大学へ進み、卒業後には一般企業へ就職するという進路をたどっています。

姉妹そろって石川中・球陽高校を卒業

沖縄テレビの「Dokyoハブストーリー」では、梵天の二人が石川中学校出身で、ともに沖縄県立球陽高校を卒業したことが紹介されています。

しおたむさんは自分の子ども時代について、後年のインタビューでこんな言葉を残しています。

「子どもの頃から勉強だけはできました」

withnews

このあと関西の大学へ進んでいることからも、高校卒業までは沖縄で生活し、大学進学を機に地元を離れたという人生の区切りが見えてきます。

沖縄を離れて関西学院大学へ進学

高校卒業後は沖縄を離れ、兵庫県に本部を置く関西学院大学へ進学しました。

姉の薪子さんは沖縄県内の琉球大学へ進んでいるため、高校卒業後から姉妹の生活は一度別々の方向へ進みます。

この大学時代に、のちの本人が何度も話題にすることになるのがアルバイトです。

大学のアルバイトでは失敗が続き、もつ鍋の出汁を8割こぼす

大学時代は居酒屋などの飲食店で働きましたが、本人によれば遅刻したり単純作業を覚えるのに苦戦したりして、アルバイトがなかなか長続きしなかったそうです。

忙しい時間帯にもつ鍋を客席へ運んだ際には、急いだ結果、客席へ着くころには出汁の8割ほどがこぼれていたという具体的な失敗も明かしています。

学校の勉強とは違い、時間を守りながら複数の作業を同時にこなすアルバイトでは苦戦する場面が多かったようです。

それでも大学を卒業すると、そのまま芸人になるのではなく、まず一般企業へ就職しました。

関西学院大学卒業後はSEへ|1年で会社を辞めて上京

大学卒業後に選んだ仕事はシステムエンジニアでした。

ここから「普通に就職した妹」が、姉まで巻き込んでお笑いの世界へ進む流れが始まります。

IT系企業でシステムエンジニアとして働き始める

関西学院大学を卒業したしおたむさんは、IT系企業へ就職し、SEとして勤務しました。

太田プロのプロフィールには普通自動車二種免許とタクシードライバー経験も記されていますが、その経験がSE時代の前後どちらに位置するのかについては、公式プロフィールでは時期まで示されていません。

沖縄テレビが紹介した経歴では、SEとして働き始めたものの、約1年で退職しています。

会社員生活を1年ほどで終え、芸人という進路へ

会社員時代について、しおたむさんは後年のラジオで短いながらも印象的な言葉を残しています。

「社会との共生がうまくいかず」

文化放送

学生時代のアルバイトでも働き方に苦戦していたしおたむさんは、会社員になってからも組織のルールに合わせることに難しさを感じていたようです。

そしてSEとして働き始めて約1年で退職し、芸人を目指して上京する方向へ進みます。

就職した会社を辞めるだけでなく、この段階で姉の人生まで動かす行動を始めたことが、しおたむさんの芸人人生では大きな転換点になりました。

しおたむが姉・薪子を芸人に誘う|借金を抱え「芸人で一獲千金」へ

芸人を目指すと決めたしおたむさんが相方候補に選んだのは、養成所で知り合った同級生ではありませんでした。

声をかけた相手は、すでに社会人として働いていた2歳上の姉・薪子さんでした。

会社員だった姉を約1年間かけて説得

日刊スポーツのインタビューによると、コンビ結成を持ちかけた当時、しおたむさんには数十万円ほどの借金がありました。

ギャンブルによるものではなく、薪子さんの説明では酒やたばこ、食事など日々の出費が積み重なったものだったそうです。

そこでしおたむさんが口にした発想は、かなり思い切ったものでした。

「芸人で一獲千金」

日刊スポーツ

もちろん一度誘っただけで決まったわけではなく、会社員だった薪子さんを約1年間かけて説得しています。

薪子さんにとっては安定した仕事を辞める選択になるため、姉妹だからといって簡単に決断できる話ではありませんでした。

妹が芸人を提案し、約1年かけて姉を口説き落としたことで、家族だった二人が芸人コンビになる道が開きました。

梵天の始まりは「姉についていった妹」ではなく、妹のしおたむさんが姉を誘ったことにあります。

入学金とアルコ&ピースが太田プロを選ぶ決め手に

二人が芸人への入口として選んだのは、太田プロエンターテインメントカレッジでした。

日刊スポーツの取材では、他社の養成所と比べて入学金が安かったことに加え、薪子さんがアルコ&ピースのラジオを熱心に聴いていたことも理由として挙げられています。

養成所時代には薪子さんが偶然、アルコ&ピースの平子祐希さんと道で会い、将来一緒に仕事をしようと声をかけられる出来事もありました。

のちに実際に共演する機会が訪れ、薪子さんにとっては芸人になる前から聴いていた存在と仕事をする形になりました。

太田プロ19期で姉妹コンビ「梵天」へ|養成所在学中から舞台へ

姉妹は2021年に太田プロエンターテインメントカレッジ東京校へ入り、芸人コース19期として1年間を過ごしました。

ここから家庭の中だけだった二人の会話が、人前で見せる漫才へ変わっていきます。

2021年に東京校芸人コース19期へ入学

養成所在学中から二人は「梵天」として活動し、ABEMAなどへの出演も経験しました。

しおたむさんは2024年、お笑いナタリーで自身が好きなネタを紹介した際、養成所の自己紹介で「ジャルジャルみたいなコント師になりたい」と話していたことも明かしています。

現在の梵天はしゃべくり漫才を中心にしていますが、養成所へ入った当初から今の芸風だけを思い描いていたわけではなかったことが分かります。

卒業ライブにはすでに「梵天」として出演

2022年3月26日、新宿ハイジアV-1で開催された東京校芸人コース19期生卒業ライブの出演者には、すでに「梵天」の名前があります。

太田プロ公式プロフィールでも、二人は2022年3月に19期を卒業したと記載されています。

活動開始時期については資料に表記差があり、日刊スポーツは2021年4月結成、M-1グランプリ公式は2022年4月1日結成としています。

少なくとも、2022年3月の卒業ライブには「梵天」として舞台へ立ち、その翌4月からプロとして活動を始めていたことは公式記録から確認できます。

プロデビュー直後の2022年4月には、ニッポン放送「ナイツ ザ・ラジオショー」の若手芸人企画でも梵天のネタが紹介されました。

漫画から取った「梵天」と、麻雀で決まった「しおたむ」

コンビ名の「梵天」は、漫画「東京卍リベンジャーズ」に登場する組織名が由来です。

姉妹で共通して読んでいた漫画から名前を取った形で、芸人になる以前から続いていた二人の共通の趣味がコンビ名にも残りました。

一方、「しおたむ」という芸名の決まり方はさらに独特でした。

最初はギャルらしい芸名を考えていたものの、麻雀をした際に勝ったら「しおしお」、負けたら「しおたむ」にすると決め、負けた結果「しおたむ」になったと文化放送で話しています。

進路だけでなく芸名まで、予定通りというよりその場で起きた出来事から決まっていくところも、現在知られているしおたむさんの姿と重なる部分です。

2022年4月にプロデビュー|薪子がネタ作り、しおたむがボケ

プロ活動が始まると、梵天は薪子さんがネタ作りとツッコミ、しおたむさんがボケを担う形が中心になっていきました。

ネタの土台には、二人が普段している姉妹の会話や、それぞれの性格の違いも使われています。

もちろんデビュー直後から舞台が毎回うまくいったわけではなく、2022年6月にはライブで大きく滑ったあと、姉妹で飲みに行っている様子も公式Xに投稿していました。

舞台で結果が出なかった夜にも、そのまま二人で過ごしているところには、芸人として組む以前から続く姉妹の距離感が表れています。

芸歴の浅い時期からTHE W準決勝へ|バイトと漫才を並行した若手時代

梵天は長い無名期間を経て突然結果が出たコンビではなく、プロデビューした年から賞レースで大きな舞台まで進みました。

ただし、それだけで芸人一本の生活になったわけではなく、しおたむさんはアルバイトも続けながら舞台へ立っていました。

デビュー年の2022年にTHE W準決勝へ

2022年9月、「THE W 2022」の準決勝進出者が発表され、その中に梵天の名前が入りました。

準決勝は同年11月10日と11日にルミネtheよしもとで行われ、梵天は決勝進出こそ逃したものの、プロデビューした年に38組まで残る結果を残しています。

太田プロの公式プロフィールにも、2022年11月のTHE W準決勝進出が初期の主要経歴として記録されています。

たばこ専門店の接客で拾った「あるある」が漫才の材料に

芸人活動と並行して、しおたむさんは都内の加熱式たばこ専門店でも働くようになりました。

2025年のインタビュー時点では約4年勤務しており、大学時代からアルバイトが長続きしなかった本人にとって最長記録になっていました。

店では加熱式たばこの販売だけでなく、併設カフェの業務や、来店客から好みを聞いて銘柄を提案する接客も担当しています。

半年に一度は接客研修があり、言葉遣いやお辞儀なども学んでいるそうです。

大学時代の飲食店では仕事を覚えることに苦戦していましたが、好きなたばこを扱い、自分のペースで接客できる環境では長く働けるようになりました。

さらに、このアルバイトは生活費を得る場所だけではなくなっていきます。

在宅で働くことが多い薪子さんに対し、人と接する機会の多いしおたむさんが店で耳にした流行や会話、新しい「あるある」を持ち帰り、それをもとに薪子さんがネタを作ることもあるそうです。

学生時代には苦戦していた接客の仕事が、芸人になった後には漫才の材料を集める場所にもなったという変化が起きています。

芸歴1年目に結婚し、生活にも変化

しおたむさんは、芸人として活動を始めたあと比較的早い時期に結婚しています。

2025年の本人インタビューでは、芸歴1年目に結婚したことを自ら明かしており、結婚後は自宅で料理をするようになったそうです。

圧力鍋を購入して朝から煮物を作ることもあるといい、学生時代の飲食店アルバイトとは違った形で料理が日常に入ってきました。

夫の氏名や職業などを詳しく公表しているわけではなく、本人が話しているのは主に結婚後の生活の変化です。

その経験から、将来は情報番組の料理コーナーを担当してみたいという新しい目標も生まれました。

THE W 2023決勝進出が最初の大きな転機に

デビュー年に準決勝まで進んだTHE Wで、翌2023年にはさらに一段上の結果が待っていました。

この年、梵天は初めて地上波生放送の決勝へ進みます。

前年の準決勝から初の決勝進出へ

2023年11月、THE Wのファイナリスト12組が発表され、梵天が初の決勝進出を決めました。

決勝ではハイツ友の会、紅しょうが、変ホ長調と同じBブロックに入り、最後にその時点の暫定1位だった紅しょうがと対戦しました。

投票結果は紅しょうが7票、梵天0票となり、最終決戦への進出は逃しています。

それでも、2022年の準決勝から1年後に初の決勝へ進んだことで、梵天の活動範囲はそれまで以上に広がりました。

プロデビューから約1年半でTHE Wのファイナリストになったことは、二人の若手時代を語るうえで大きな節目です。

2024年には初の冠Podcastと単独ライブへ

THE W決勝の翌年、梵天の活動は賞レース以外にも広がりました。

2024年4月には、ニッポン放送の「梵天のオールナイトニッポンPODCAST」で月替わり土曜パーソナリティを担当し、全4回が配信されました。

梵天にとって初の冠番組で、しおたむさんは番組決定時に姉と一緒に出演できる安心感をこう表しています。

「お姉ちゃんが隣にいるので安心です」

ニッポン放送 NEWS ONLINE

同年8月25日には東京・関交協ハーモニックホールで初単独ライブ「家宝」を開催しました。

ライブはオープニングコント1本と漫才6本などで構成され、後にDVD化されています。

養成所の自己紹介ではコント師を目標に挙げていたしおたむさんでしたが、初単独では梵天が積み上げてきた漫才をまとめて見せるところまで活動が進みました。

THE W決勝の翌年には、冠Podcastと初単独ライブという自分たちの名前を前面に出した仕事も始まったことになります。

2024年、2025年もTHE W準決勝まで進む

THE Wでは2023年決勝進出後も挑戦を続け、2024年は準決勝へ進出しました。

お笑いナタリーの賞レース戦績では、2025年も準決勝進出が記録されています。

2023年の一度だけで終わるのではなく、数年続けて準決勝以上へ進みながらネタを続けてきたことになります。

現在も姉妹でしゃべくり漫才|ラジオへ広がる梵天の活動

THE W決勝以降も、梵天はテレビ出演だけに活動を切り替えたわけではありません。

2026年も太田プロのライブへ出場し、姉妹でネタを続けています。

2026年も太田プロライブ「月笑」で漫才を続ける

2026年5月の「太田プロライブ月笑」ではGIIに出場し、しおたむさんが「史上初」に憧れるという設定のしゃべくり漫才を披露しました。

年間ポイント表にも梵天の名前が残っており、現在も太田プロの若手・中堅がネタを競う場で漫才を続けています。

芸歴を重ねてテレビやラジオの仕事が増えたあとも、二人の活動の中心には姉妹の会話を使った漫才が残っています。

けんかしても翌日には戻る、相方より「姉妹」の二人

梵天は仕事上のコンビである一方、本人たちにとっては今でも「相方」より「姉妹」という感覚のほうが強いそうです。

けんかをしても翌日には自然と普通の関係へ戻り、特別な仲直りの儀式があるわけではありません。

ネタを書く薪子さんと、外で見つけた流行や会話を持ち帰るしおたむさんという役割もでき、子どものころからの姉妹関係がそのまま仕事の分担へ形を変えています。

2024年にはオールナイトニッポンPODCASTで初の冠番組を経験し、その後もradikoには「ふるげんしまいの今日、好きになってもろて。」という姉妹トーク番組が公開されています。

漫才とは違う長い会話でも、二人が姉妹として遠慮なく話せることが仕事になっています。

沖縄を離れても、うるま市は「自慢の地元」

進学で沖縄を離れ、会社員を経て東京で芸人になったしおたむさんですが、地元との距離が切れたわけではありません。

うるま市の市制施行20周年を記念した広報企画では、地元について次のようにコメントしています。

「これからも、大好きで自慢の地元です!!」

うるま市

2023年のTHE W決勝前にも地元での凱旋ライブを希望しており、東京で活動するようになったあともうるま市は本人の話に何度も登場しています。

沖縄で姉妹として育った二人が、いったん別々の大学と仕事へ進み、妹の誘いをきっかけに再び同じ道を歩き始めたことが、梵天の経歴の大きな特徴です。

しおたむさんは関西学院大学を出てSEとして働きましたが、約1年でその生活を離れ、会社員だった薪子さんを長い時間をかけて芸人の道へ誘いました。

養成所の卒業ライブからTHE W決勝、冠Podcast、単独ライブを経た現在も、二人は姉妹のまま舞台に立ち、しゃべくり漫才を続けています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA