人物プロフィール
コントトリオcacaoのメンバーとして、キングオブコント2024で初めて決勝の舞台に立った高橋さん。
吉本興業の公式プロフィールでは大阪府出身、1996年11月26日生まれで、趣味はゲームと「腹減り」、特技には演技と記されています。
舞台では独特の間や表情を見せる高橋さんですが、芸人を目指して一直線に進んできた人物ではありません。
高校1年生のころは学校でほとんど誰とも話さず、お笑いも将来の進路としてはほぼ意識していませんでした。
そんな学生生活を変えたのが、高校2年生で出会ったたっぺいさんです。
高校、大学と一緒に過ごした友人から何度もお笑いを見せられ、大学3年の終わりにはNSCへ誘われ、高橋さんの進路は会社員ではなく芸人へ向かっていきます。
cacao高橋の生い立ちと家族|学校では無口、家では母とよく話していた
高橋さんの学生時代をたどると、現在の舞台上とはかなり違う姿が見えてきます。
特に高校1年生の1年間は、後に相方となるたっぺいさんが驚くほど静かな学校生活を送っていました。
中学では友人がいたが、高校1年でほとんど誰とも話さなくなる
高橋さんは中学生のころからずっと一人だったわけではなく、当時は友人がいました。
そのうち一人の友人と同じ高校へ進んだものの、入学後はクラスが別々になります。
もともとの人見知りも重なり、高校1年生では新しいクラスメートとなかなか会話ができませんでした。
周囲が昼休みに一緒に弁当を食べる相手を探すなか、高橋さんは一人で弁当を食べ、そのまま学校へ通い続けていたといいます。
「そのまま1年間、人見知りで誰とも喋らず」
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後にたっぺいさんが高校1年時の同級生へ高橋さんについて尋ねると、「喋っているところを見たことがない」というほどだったそうです。
本人は一人でいたかったのではなく、本当は誰かと話したかったものの、人見知りで話せなかったと明かしています。
学校で話さない分、帰宅すると母親へ話し続けていた
学校では無口だった一方、家へ帰ると様子は変わりました。
高橋さんは母親にはかなりよく話していたそうで、学校で使わなかった言葉を家でまとめて話すような生活だったと本人とたっぺいさんの双方が振り返っています。
母親から「ちょっと喋りすぎや」と言われたこともあったほどでした。
後年、高橋さんが芸人になることを決めた際には、この両親との間で進路をめぐるやり取りが起こります。
ただ、この時点ではまだ芸人になる話はなく、高橋さんにとって家は学校とは違って自然に言葉を出せる場所でした。
たっぺいが高橋の実家で目撃した父親の姿
高橋さんと親しくなったたっぺいさんは、実家へ遊びに行ったこともあります。
そこで強く記憶に残ったのが高橋さんの父親でした。
リビングにはソファや座椅子ではなく、何もない床の中央で父親が仰向けになって寝転んでいたそうです。
たっぺいさんは2022年のよしもと漫才劇場のコラムで、その光景だけは高橋さんについて「普通ではなかったこと」として書き残しています。
高校2年でたっぺいと出会い、毎日のようにカラオケへ
高校1年をほとんど誰とも話さず過ごした高橋さんに、高校2年で一人の友人ができます。
後に7ワープを組み、さらにcacaoのメンバーとなるたっぺいさんです。
一人で弁当を食べる高橋を見て、たっぺいが声をかけた
2人は高校2年生で同じクラスになりました。
新学期、周囲が新しい友人を作ろうと話しかけ合うなか、高橋さんは机に座って前を見ていました。
一人でいることに焦っている様子もなく、昼休みも一人で弁当を食べる姿を見て、たっぺいさんは高橋さんが気になり始めます。
さらに別の日には、高橋さんが明るく森三中・大島美幸さんのものまねをしている場面も目撃しました。
普段の静かな姿との違いもあり、たっぺいさんから声をかけました。
高橋さんの芸人人生につながる最初の大きな出会いは、この高校2年生の教室でした。
カラオケや買い物へ行く友人になり、高校から大学まで一緒に
話してみると2人は次第に親しくなり、学校が終わったあとも一緒に過ごすようになります。
たっぺいさんによると、仲良くなってからは毎日のようにカラオケへ行ったり、買い物をしたりしていました。
高校卒業後も2人の関係は続き、大学も同じ学校へ進みます。
たっぺいさんは後年、芸人へ誘うことを考え、高橋さんと一緒にいられるよう同じ大学へ誘ったという話まで明かしています。
ただし、このころの高橋さん自身は、まだお笑い芸人を将来の職業としてほとんど意識していませんでした。
大学3年の終わり、たっぺいの誘いで芸人という進路が現れる
高校時代から芸人を考えていたたっぺいさんに対し、高橋さんには大学へ進んでも明確な将来像がありませんでした。
それでも2人で過ごす時間のなかには、少しずつお笑いが入り込んでいきます。
M-1のDVDを朝まで見せ、ライブへ連れ出していたたっぺい
たっぺいさんは、ただ突然「芸人になろう」と誘ったわけではありません。
M-1グランプリの歴代DVDを借り、高橋さんと朝まで見る時間を作っていました。
さらに東京までM-1の準決勝を見に行き、実際にキングオブコントにも出場するなど、高橋さんがお笑いに触れる場面を増やしていきます。
たっぺいさんは2025年、当時の自分へ向けた手紙の中で、最初に断られても高橋さんを誘い続けたことや、M-1や『あらびき団』のDVDを見せていたことを書いています。
高校で友人になったたっぺいさんは、数年かけて高橋さんをお笑いの世界へ連れていきました。
就活を一度もしないまま「NSC行かへん?」という誘いを受ける
大学3年生の終わりになると、周囲では就職活動が始まっていました。
ところが高橋さんは、本人によれば一度も就職活動をしていませんでした。
「僕は一回も就活をしませんでした。」
よしもと漫才劇場
何かを決めなければならない時期に、たっぺいさんから「NSC行かへん?」と誘われます。
会社員になりたいという気持ちもなく、自分にはある程度面白さへの自信もあった高橋さんは、その誘いを受けました。
2024年のインタビューでは、当時の気持ちは芸人を一生続ける覚悟というより、「ちょっとやる」くらいだったと話しています。
長く続けるつもりもなかった芸人生活が、ここから始まりました。
親に黙って願書を提出、吉本からの封筒でNSC入りが発覚
芸人になることを決めても、高橋さんは両親へ先に相談していませんでした。
親は安定した進路を好むことが分かっていたため、自分でNSCの願書を提出します。
ところが、吉本から届いた封筒を両親に見られ、芸人を目指していることが発覚しました。
「親に言わずに願書を出したら」
ch FILES
両親からは「やめろ」と反対されたものの、すでに費用を支払っていた高橋さんはそのままNSCへ進みました。
現在では両親も高橋さんの活動を喜んでいると本人が話しています。
NSC大阪41期へ途中入学|たっぺいとの「7ワープ」時代
2018年、高橋さんはNSC大阪41期へ進みました。
よしもと漫才劇場の紹介では、高橋さんはたっぺいさんに誘われてNSCへ途中入学したとされています。
2018年4月に7ワープ結成、学生コンビでM-1・KOCへ
現在のcacaoより前に、高橋さんとたっぺいさんは「7ワープ」というコンビで活動していました。
M-1グランプリ公式には2018年4月結成として登録され、高橋さんは本名の高橋裕平、職業は「学生」と記録されています。
同年7月にはキングオブコント2018の大阪1回戦にも7ワープの名前があり、2人は大学生活と並行しながら賞レースへ挑戦していました。
芸人になってから初めてコンビを組んだのではなく、学生のうちから7ワープとして舞台へ出ていた時期が、高橋さんの芸人人生の最初にあります。
大学とNSCを並行しながら、2人で舞台に立つ
たっぺいさんは大学4年生とNSC在学期間が重なっていたことを後年明かしており、高橋さんも同じ大学から一緒にNSCへ進んでいます。
NSCの授業ではネタ見せもあり、7ワープのネタは基本的にたっぺいさんが書いていました。
高校時代にはお笑いをほとんど意識していなかった高橋さんが、数年前まで一緒にカラオケへ行っていた友人とネタ見せの場に立つようになっていました。
高橋が一度だけ書いた“キョロちゃん”のコントは採用されなかった
そんな高橋さんも、一度だけたっぺいさんから「なんでもいいからネタを書いてみて」と頼まれたことがあります。
初めてネタを書くことになった高橋さんは、スーパーへ毎日チョコボールを食べに来る子どもが、毎回金のエンゼルを引き当てるという設定を考えました。
最後は「この子ども、キョロちゃんなんちゃうん?」となる内容でしたが、そのネタが使われることはありませんでした。
2022年にこの出来事を書いた時点で、高橋さんはそれから約4年間、再び「ネタを書いて」と頼まれていないと自らオチをつけています。
現在のcacaoでも、高橋さんは主にネタを書く側ではなく、舞台上で演じる側に立っています。
ライブで結果が出ず、たっぺいが3人目を探し始める
7ワープの活動が続く一方、たっぺいさんには焦りも出てきました。
同期が少しずつ結果を出すなか、2人では思うような結果が出ず、たっぺいさんは「大丈夫かな」と考えるようになります。
その時期に話す機会が生まれた同期が、後にcacaoの3人目になる浦田スタークさんでした。
浦田スタークが加わりcacao結成|高橋は当日まで知らなかった
高橋さん、たっぺいさん、浦田スタークさんは全員NSC大阪41期です。
しかし、同期だったから最初から3人で親しかったわけではありません。
たっぺいがライブの打ち上げで浦田スタークに目をつける
たっぺいさんと浦田さんは、NSC在学中から1年目が終わるころまでほとんど会話をしていませんでした。
転機はライブの打ち上げです。
そこで初めて本格的に話した浦田さんが、自分の好きなタイプのお笑いで場を盛り上げているのを見て、たっぺいさんは一緒に活動したいと考えました。
高橋さんと浦田さんはNSCのネタ見せを通じて互いの存在を知っており、高橋さんも浦田さんのネタを面白いと思っていたそうです。
「今日から浦田が入る」とネタ合わせ当日に知らされる
たっぺいさんは浦田さんへトリオ案を持ちかけます。
ところが、もともとの相方だった高橋さんには、その話がほとんど伝えられていませんでした。
高橋さんは普段通りネタ合わせへ向かい、そこに浦田さんがいるのを見ます。
そして、その場で初めて「今日から浦田が入る」と知らされました。
「僕は、ギリギリまで入るって聞いてなかった」
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それでも浦田さんのネタを知っていた高橋さんは加入を嫌がらず、「アツぅ~!」と思ったと話しています。
高校時代にたっぺいさんから声をかけられたときと同じように、ここでも高橋さんは大きな変化を受け入れました。
高橋不在で決まった「cacao」というトリオ名
2020年2月、3人はcacaoとして活動を始めます。
トリオ名にも、高橋さんらしいエピソードがあります。
浦田さんとたっぺいさんが2人で名前について話していたときに「cacao」という言葉が出て、そのまま仮のような軽い調子で決定しました。
その場にも高橋さんはいませんでした。
後から知らされた高橋さんの返事は「全然オッケー」だったと、3人は吉本興業とDOMOぱどのインタビューで語っています。
浦田さんによれば「cacao」という名前自体にも、特別な意味や深いこだわりがあるわけではありません。
浦田加入でネタ作りと3人の関係が変わっていく
トリオになったことで、7ワープ時代とはネタ作りも変わりました。
たっぺいさんがネタを持ってくると、浦田さんが意見を出し、実際に演じながらボケを増やしていく形ができていきます。
高橋さんはその中で、主に役を演じる側へ回りました。
浦田さんは加入当初、高橋さんに気になる部分を直接伝えたこともあり、高橋さんは反発するより「言っていることは合っている」と受け取り、直そうとしたと話しています。
7ワープでは分からなかったネタ作りの感覚を、浦田さんが入ったことでたっぺいさんもつかみ始めました。
劇場で活動を重ねた若手時代|結成直後から少しずつ結果が出始める
cacaoになってからは、2人組だったころより早い段階で目に見える結果が出始めます。
高橋さん自身も、トリオは比較的早く劇場所属になったと振り返っています。
劇場メンバー入りから2021年「笑ラウドネスGP」決勝へ
結成翌年の2021年、cacaoはABEMAの賞レース「笑ラウドネスGP」決勝へ進みました。
この大会は観客の笑い声と拍手を計測し、「笑いの量」で競う形式で、総エントリー821組から決勝進出者が選ばれています。
高橋さんは後年、決勝メンバーに知っている芸人の名前が多く並んでいたことで、自分たちが早い段階からそこにいることへ驚いたと話しています。
トリオ結成からまだ1年ほどの時期でした。
2022年も実家暮らし、ゲームでは「ポッ拳」世界上位へ
舞台外で高橋さんが長く続けてきたものの一つがゲームです。
2022年に本人が書いたコラムでは、26歳になるころまで実家で暮らしていることや、ゲームに熱中してきたことを明かしています。
なかでも『ポッ拳 POKKÉN TOURNAMENT』ではオンライン対戦を続け、ランキングで世界8位ほどまで上がったことがあったそうです。
2023年にMBSラジオ『ますます!ハイヒール』へ出演した際にも実家でのゲーム生活を話しており、オンラインで知り合った相手と話している最中に母親から夕食の予定を声をかけられるというエピソードを披露しています。
2022年「あさパラS」から2023年「ネタパレ」5週勝ち抜きへ
劇場外でも、cacaoの名前が少しずつ広がっていきます。
2022年には読売テレビ『あさパラS』の企画「ブレイク芸人を探せ!2022」で優勝。
翌2023年にはフジテレビ『ネタパレ』の「ニュースター勝ち抜きパレード!!」へ登場します。
cacaoはここで5週連続勝ち抜きを達成し、企画の初代王者になりました。
劇場を中心に活動していた3人が、テレビのネタ番組でも繰り返しコントを見せる時期へ入ります。
結果は出ても、キングオブコント決勝には届かなかった
一方で、コント師にとって大きな大会であるキングオブコントでは決勝まであと一歩の時期が続きます。
たっぺいさんは2024年、KOCだけでなく大阪の賞レースでも決勝へ行けず、悔しさを感じていたと話しています。
高橋さんの受け止め方は少し違いました。
自分はネタ作りへほぼ関与していないため、良いネタができるのを待ち、舞台では渡された役を失敗せず演じることへ集中していたと説明しています。
「とにかくミスをしないようにやるだけですね」
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吉本興業のプロフィールで高橋さんの特技が「演技」とされているように、cacaoではネタを書くこととは別の位置からコントに参加してきました。
キングオブコント2024初決勝|初めて「人生がかかった」と感じた舞台
2024年、その状況が大きく動きます。
cacaoはキングオブコントで準決勝を突破し、結成5年目で初めて決勝進出を決めました。
賞レースで決勝へ届かない時期を越え、3,139組から10組へ
キングオブコント2024には、大会史上最多となる3,139組がエントリーしました。
その中から決勝へ進んだのは10組で、cacaoはダンビラムーチョ、シティホテル3号室とともに初のファイナリストでした。
名前を呼ばれた直後、高橋さんが会見で口にした言葉は「ハッピーハッピーです」という短いものでした。
しかし、決勝が近づくにつれて、それまでとは違う感覚を持つようになります。
ふとした瞬間に「人生を賭けた舞台が待っている」と感じるほど、KOC決勝は高橋さんにとって初めての大きな局面になりました。
ネタを書かない高橋が担った「ミスをせず演じる」という役割
決勝へ進んだからといって、高橋さんが急にネタ作りの中心へ移ったわけではありません。
たっぺいさんが土台を作り、浦田さんが意見を入れ、高橋さんは舞台上でその世界に入ります。
その役割分担のまま、3人は大舞台へ進みました。
準決勝の本番前には、緊張している高橋さんを見た浦田さんが「人生変わらんから、気楽にやったらええ」と声をかけています。
高橋さんは後のインタビューで、それより先に先輩の隣人からも緊張しなくていいと声をかけられていたため、浦田さんの言葉について「ちょっと遅かった」と返していました。
大きな大会を前にしても、3人の普段のやり取りは残っていました。
決勝で披露したコント「部屋練」は、後にcacao公式YouTubeチャンネルでも公開されています。
結果は7位でしたが、高橋さんにとっては順位だけでは終わらない大会になりました。
少しだけやるつもりだった芸人生活が、簡単には辞められないものへ
大学3年の終わりにNSCへ誘われたころ、高橋さんは芸人をずっと続けるつもりではありませんでした。
2024年のKOC決勝を前に、当時の「ちょっとやる」という感覚を振り返ったうえで、決勝まで来たことで「もうやめられない」と話しています。
高校ではほとんど誰とも話さなかった学生が、友人についてNSCへ入り、そのまま日本最大級のコント賞レースの決勝まで来ていました。
芸人になる決断よりも後になって、芸人を続けてきた時間の重さを実感する舞台が現れたことになります。
KOC後もコントと単独ライブを続ける現在
KOC2024決勝後、cacaoの仕事は広がりましたが、高橋さんが語った次の方向はシンプルでした。
テレビ出演を大量に増やすことより、これまでと同じようにコントと単独ライブを続けることです。
「今まで通り変わらずコントをやっていきたいですね。」
ch FILES
2025年初DVDから2026年NGK単独「JON」へ
2024年10月には公式YouTube「cacao channel」が開設され、決勝ネタを含めて3人のコントや企画が動画でも見られるようになりました。
2025年7月には初のライブDVD『conte peace』を発売。
さらに2026年4月29日には、大阪・なんばグランド花月で単独ライブ「JON」を開催しました。
この公演ではプロジェクションマッピングを使った演出を取り入れながら、すべて新ネタのコントを披露しています。
その模様を収録した2作目のDVD『cacao単独ライブ「JON」』は2026年8月12日に発売されました。
KOC決勝で注目が高まったあとも、活動の中心には単独ライブとコントがあります。
2026年もキングオブコント準決勝へ進み、コントを続ける
2026年のキングオブコントでも、cacaoは予選を勝ち上がっています。
8月17日に準々決勝合格が発表され、8月24日には大会公式から準決勝進出35組の一組としてプロフィールが公開されました。
準決勝は9月4日に予定されており、2026年8月24日時点では、その先の結果はまだ決まっていません。
2024年の初決勝で終わらず、cacaoは現在もキングオブコントへ挑み続けています。
高校1年では一人で弁当を食べ、家に帰ると母親へたくさん話していた高橋さんの前に、高校2年でたっぺいさんが現れました。
大学では就活をしないままたっぺいさんの誘いでNSCへ入り、7ワープを経て、今度は事前に知らされないまま浦田スタークさんを迎えてcacaoになりました。
長く続けるつもりではなかった芸人生活は、キングオブコント決勝、単独ライブ、そして次の大会へと続いています。












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