人物プロフィール
コントトリオcacaoでネタ作りを担い、2024年にはキングオブコント決勝へ進んだたっぺいさん。
現在の姿だけを見ると、コントを作り続けてきた若手芸人という印象がありますが、子どものころに思い描いていた将来は漫画家でした。
さらに現在の相方・高橋さんとの関係をたどると、高校で一人静かに座っていた高橋さんをたっぺいさんが気にかけ、自分から話しかけたところまでさかのぼります。
高橋さんを同じ大学へ誘い、何度断られてもNSCへ誘い続け、のちには浦田スタークさんにも自分から声をかけた人物でもあります。
漫画やコントが好きだった大阪の少年が、どのように高校の友人を相方へ変え、2人組から3人組のcacaoを作り、キングオブコントの舞台まで進んだのでしょうか。
たっぺいの生い立ちと家族|大阪・柏原で育った子ども時代
たっぺいさんは1996年8月11日、大阪府柏原市で生まれました。
芸名のようにも見える「たっぺい」は本名の名前で、M-1グランプリ公式に残る以前のコンビ「7ワープ」の記録では、島津竜平(しまづ・たっぺい)と掲載されています。
幼少期の両親や兄弟姉妹など家族構成について本人が細かく公表している情報は多くなく、子ども時代について本人の言葉から具体的に見えてくるのは、家族の肩書きよりも絵とお笑いが好きだった少年時代です。
大阪府柏原市で育ち、子どものころは漫画家に憧れた
現在の吉本興業公式プロフィールで、たっぺいさんの特技として挙げられているのが「図画工作」です。
これは芸人になってから突然始まった趣味ではなく、本人は子どものころの夢について漫画家になりたかったと明かしています。
絵を描いたり何かを作ったりすることへの関心はその後も残り、大学受験を考えるころには芸術系の大学も進路候補に入っていました。
一方で、小学校高学年から中学生になるころには、もう一つ強く惹かれるものが現れます。
絵や図画工作が好きだった少年時代とジャルジャルへの憧れ
たっぺいさんがお笑いの話をする際、影響を受けた芸人として名前を挙げているのがジャルジャルです。
小学校6年生から中学1年生ごろに『爆笑レッドシアター』を見ており、ほかにも『キングオブコント』や『オールザッツ漫才』などに触れていました。
「僕はジャルジャルさんです。」
よしもと漫才劇場公式note
同じインタビューでは、『レッドシアター』でジャルジャルを見たころからコントをやりたいと思うようになったことも認めています。
漫画を描くことへの憧れと、テレビで見るコントへの興味が同じ少年時代に存在していました。
高校時代|誰とも話さなかった高橋に自分から声をかける
高校に入ると、お笑いは見るだけの楽しみから少しずつ将来の選択肢へ近づいていきます。
ただ、この時点ではまだ「高校を卒業したら芸人になる」と決め切っていたわけではありません。
ここで出会ったのが、のちに7ワープ、そしてcacaoで長く一緒に活動することになる高橋さんでした。
高校2年で高橋が気になり、周囲へ「あいつどんなやつ?」と聞いた
2人が知り合ったのは高校2年生のときです。
新しいクラスでは周囲が友人を作ろうと話しているなか、高橋さんは机に座り、焦った様子もなく前を見ていました。
その姿が気になったたっぺいさんは、高校1年時に高橋さんと同じクラスだった生徒へ「高橋ってどんなやつなん?」と尋ねます。
返ってきたのは、1年生のころに高橋さんが話しているところをほとんど見たことがないという話でした。
学校へ来て、一人で弁当を食べて帰る生活を平然と続けていたという高橋さんを、たっぺいさんはむしろ面白く感じます。
そこで待つのではなく、たっぺいさんの方から高橋さんへ話しかけました。
実際に会話を始めてみると、想像していたような謎めいた人物ではなく、たっぺいさんいわく意外なほど「普通」の返答をする相手だったそうです。
それでも2人はそのまま仲良くなり、現在まで続く関係が始まりました。
毎日のようにカラオケへ通い、M-1やキングオブコントを見るように
仲良くなってからは、学校が終わると毎日のようにカラオケへ行ったり、買い物へ出かけたりするようになりました。
たっぺいさん自身も高校時代はかなり人見知りだったと話しており、高校2年の終わりごろからは高橋さんと2人で遊ぶ時間が増えていきます。
このころには『M-1グランプリ』や『キングオブコント』を見ていましたが、高橋さんとは日常的にお笑い談議をしていたわけではありません。
たっぺいさんは後年、高校生の時点では芸人になることはまだ確定していなかった一方、高橋さんとは一緒にお笑いをやりたいと思っていたと明かしています。
高校でできた友人を、その場ですぐ相方へ誘ったのではなく、まず普通の友人として何年も一緒に過ごしていました。
大学時代|芸人になると決め、高橋をNSCへ誘い続けた
高校卒業後の進路を考えるころ、子どものころから絵が好きだったたっぺいさんは芸術大学も考えていました。
最終的には一般の大学へ進み、スポーツニッポンでは阪南大学卒業と紹介されています。
大学生活の途中から、ぼんやりしていた「お笑いが好き」という気持ちは、実際に芸人を目指す行動へ変わっていきました。
芸大ではなく一般大学へ進学し、スーパー・居酒屋・ショーパブでアルバイト
本人によると、大学受験のころにはすでに将来的にお笑いをやろうという気持ちがあり、芸大ではなく比較的時間を作れそうな一般大学を選びました。
そして高橋さんにも、芸人へ誘う目的をまだ伝えないまま同じ大学へ行こうと声をかけています。
理由は、一緒にいれば後から芸人へ誘いやすいと思ったからでした。
大学時代の生活について、たっぺいさんは2025年のよしもと漫才劇場公式企画で、スーパー、居酒屋、ショーパブのアルバイトを掛け持ちし、高橋さんとカラオケへ行っていたことを書いています。
授業だけを中心にした学生生活ではなく、アルバイトをしながら友人と遊び、その裏で芸人になる時期を考えていました。
M-1と『あらびき団』のDVDを毎週見せ、M-1準決勝にも高橋を連れていく
大学生活が進むと、たっぺいさんはいよいよ高橋さんへ「NSCに一緒に行こう」と声をかけます。
ところが最初の返事は、あっさり「嫌」でした。
ここで別の相方を探すのではなく、高橋さんへの勧誘を続けます。
ライブへ何度も連れていき、自宅へ泊めてM-1を2001年大会から順番に見せたほか、本人の回想ではM-1と『あらびき団』のDVDを週1回ほど見せていました。
さらにM-1準決勝へも連れていき、高橋さんはそこで初めて見たからし蓮根を気に入ったといいます。
「諦めず誘い続けてよかった。」
よしもと漫才劇場公式note
自分が芸人になるだけでなく、高校から一緒だった高橋さんを何度もライブへ連れ出し、お笑いの世界へ巻き込んでいきました。
家族には詳しく言わないまま、2018年にNSC大阪41期へ
高橋さんを説得した先に選んだ入口が、吉本興業の養成所NSC大阪校でした。
たっぺいさんにとって養成所選びで迷う余地はあまりなかったようで、芸人になるならNSCへ行くものだと考えていました。
「芸人になるならNSCに入らなあかんって思ってたんでそれしか頭になかったです。」
ch FILES
家族には強く反対されると思っていたわけではありませんが、本人は芸人になることを伝えるのが恥ずかしく、自分から詳しく話さないまま願書を出しています。
2018年、大学4年生の生活とNSC大阪41期での養成所生活が同時に始まりました。
NSC41期と7ワープ時代|学生コンビでネタ作りを始める
NSCへ入った時点で、高橋さんとの関係は高校2年から大学まで続いていました。
ここから2人は友人ではなく、実際にネタを作って舞台へ立つコンビになります。
2018年4月、高橋とアマチュアコンビ「7ワープ」を結成
2人が最初に組んだコンビ名は「7ワープ」でした。
M-1グランプリ公式には、2018年4月結成のアマチュアコンビとして記録が残っており、当時の2人の職業欄はいずれも「学生」です。
つまり、大学生活が終わってから芸人を始めたのではなく、在学中にM-1へ挑戦するところまで進んでいました。
たっぺいさんは7ワープのネタ作りを担い、高橋さんはそのネタを演じる関係から芸人人生をスタートさせます。
ネタはたっぺいが担当|2分のネタ見せで8分やってしまったNSC時代
NSC時代には、現在の落ち着いた舞台経験からは想像しにくい失敗もありました。
お〜い!久馬さんが見る2分のネタ見せで、たっぺいさんと高橋さんは約8分のネタを披露してしまいます。
たっぺいさんの回想では、同期のもゆるが壁を殴り、久馬さんが困った表情になり、横にいた高橋さんも特に助けてくれず、教室にはかなり重い空気が流れました。
NSC最初の授業では、同期の三遊間・さくらいさんと2人組になって自己紹介をする場面もあり、最初は微妙な反応をされたものの、後には親しくなっています。
養成所では順調に評価を積み上げたというより、長すぎるネタを披露して場を凍らせるところから経験を重ねていました。
同期が結果を出す一方、2人では結果が出ず焦り始める
7ワープはNSC時代から約1年間活動しましたが、たっぺいさん自身は後に、吉本の若手ライブ「UP TO YOU」でもなかなか勝てなかったと話しています。
周囲の同期が小さな結果を出し始めるなか、高橋さんとの2人組には思うような結果がついてきませんでした。
しかも、後にcacaoでネタを作る中心人物になるたっぺいさん自身が、このころについてはまだネタ作りの方法を理解できていなかったと振り返っています。
「2人のままでいいのか」という焦りが、3人目を探す動きへつながっていきます。
浦田スタークとの初めての会話からcacao結成へ
そこで登場するのが、同じNSC大阪41期の浦田スタークさんです。
現在の3人だけを見ると養成所時代から親しい仲間だったようにも見えますが、たっぺいさんと浦田さんの関係はまったく違いました。
約2年間ほぼ話さなかった浦田と、ライブの打ち上げで初めて話す
NSC在学中から芸歴1年目が終わろうとするころまで、たっぺいさんは浦田さんと約2年間、一度もまともに会話していなかったと書いています。
浦田さんのネタ自体はNSC時代から見ており、高橋さんと「ああいうことをやりたかった」と感じていたものの、直接の交流にはつながっていませんでした。
状況が変わったのは、芸歴1年目が終わるころに参加したライブの打ち上げでした。
そこで初めてきちんと話すと、浦田さんが自分の好きなタイプの笑いで場を盛り上げており、たっぺいさんは一気に興味を持ちます。
「初めて会話をして、今まで会話しなかった事を後悔しました。」
よしもと漫才劇場公式note
そして打ち上げの帰りには、冗談半分のような空気ながらトリオでやらないかと提案しました。
ほぼ2年間話していなかった同期と初めて話し、その直後には「一緒にやりたい」と動いています。
高橋にはほぼ事後報告|2020年2月に3人でcacaoを結成
浦田さんは最初から即答したわけではなく、たっぺいさんはその後も何度か声をかけ、最終的に加入が決まりました。
一方、もともとの相方だった高橋さんには十分な相談をしていませんでした。
高橋さんによると、普段通り「ネタ合わせするから来て」と呼ばれて行くと浦田さんがおり、そこで初めて加入を知らされたといいます。
高橋さんもNSC時代から浦田さんのネタを見て面白いと思っていたため、その場で大きく反対することはありませんでした。
こうして2020年2月、高橋・浦田スターク・たっぺいの3人で「cacao」が結成されました。
コンビ名「cacao」はたっぺいと浦田の会話から軽いノリで決まった
トリオ結成時には、グループ名について何日も会議を重ねたわけでもありません。
たっぺいさんと浦田さんが2人で話しているときに、会話の中でたまたま「cacao」という言葉が出てきました。
2人がその名前を気に入り、そのまま決定しています。
この場にも高橋さんは参加しておらず、決まった後に名前を伝えられました。
高橋さんをNSCへ誘ったときも、浦田さんを加えるときも、グループ名を決めるときも、たっぺいさんが先に動き、その後で高橋さんが合流する形が続いています。
cacao結成後|浦田が加わり、たっぺいのネタ作りが変わった
3人になったcacaoは、すぐに順風満帆な劇場生活へ入ったわけではありません。
結成した2020年2月は、新型コロナウイルスの影響でライブや劇場を取り巻く状況が急激に変わった時期でした。
「cacaoでやっていこう」「UP TO YOUへ出よう」と動き出した直後に、人前でネタをする機会そのものが失われます。
コンビ時代は分からなかったネタ作りを、浦田の指摘から学んでいく
コロナ禍では3人でZoomをつなぎ、その様子をYouTubeへ投稿することもありましたが、たっぺいさんによると家にいる期間はほとんどネタができませんでした。
本人は当時を振り返り、「終わりやと思いました」と話すほど不安を感じていました。
それでも活動が戻るにつれて、7ワープ時代とは大きく違う変化が生まれます。
現在のcacaoでは、基本的にたっぺいさんがネタの原案を持ってきて、浦田さんが意見を出したり、実際に動きながらボケを足したりする形で作られています。
「コンビのときはネタづくりが全くわかっていなかったんですよ。」
WANI BOOKS NewsCrunch
浦田さんへネタを持っていくと「これは違う」と指摘されることがあり、そのやり取りを繰り返すうちに、たっぺいさん自身も「こうすれば面白くなる」という感覚をつかんでいきました。
結果が出ない2人組へ浦田さんを加えたことは、人数が増えただけでなく、たっぺいさん自身のネタ作りを変える出来事にもなりました。
2021年にマンゲキ「翔」へ昇格し、舞台で結果が出始める
活動再開後、3人には少しずつ結果がついてきます。
2021年1月にはよしもと漫才劇場のチャレンジバトルを勝ち上がり、翌2月から若手カテゴリーの「翔」メンバーになりました。
同年には『笑ラウドネスGP』決勝へ進み、キングオブコントでも準々決勝へ進出しています。
2022年には読売テレビ『あさパラS』の企画「ブレイク芸人を探せ!2022」で優勝しました。
たっぺいさん自身も放送後、優勝したことやロケ出演権を獲得したことを報告しています。
2023年には『ネタパレ』の「ニュースター勝ち抜きパレード」で番組初となる5週連続勝ち抜きも達成し、テレビでも名前が出る機会が増えていきます。
ただし、この時点でもキングオブコント決勝にはまだ届いていませんでした。
芸人仲間とのシェアハウス生活と若手時代の日常
劇場で活動していた若手時代には、芸人仲間との共同生活も経験しています。
たっぺいさんが一緒に暮らしていたのはタキノルイさん、イノシカチョウ・純吉さんで、田上さんも頻繁に出入りする家でした。
本人の公式交換日記によると、部屋にはゴキブリやダニが出て、シャワーヘッドが壊れ、ベランダには鳩、屋根裏にはネズミがいるという環境だったそうです。
それでも朝までNetflixで映画を見たり、タキノルイさんが作ったスンドゥブを食べたりと、同居人ならではの時間も残っています。
純吉さんがライブ出番の5分前に起き、状況を理解した瞬間に何を準備すればいいか分からず立ったまま固まっていた姿まで、たっぺいさんは具体的に覚えていました。
劇場で少しずつ名前が知られていく一方、生活では芸人仲間と同じ屋根の下で朝まで映画を見るような若手時代を送っていました。
賞レースで届かなかった時期からキングオブコント決勝へ
cacaoにとって大きな目標だったのがキングオブコントです。
結成翌年の2021年、2022年には準々決勝まで進み、2023年には初めて準決勝へ到達しました。
決勝へ近づくほど、敗退したときの受け止め方も変わっていきます。
準々決勝を重ね、2023年は準決勝まで進む
若手ライブやテレビ企画では結果が出るようになっていましたが、キングオブコントでは長く決勝の手前で止まっていました。
2021年と2022年は準々決勝、2023年には準決勝まで進んだものの、ファイナリスト10組には入れませんでした。
2024年の決勝前インタビューで、たっぺいさんは前年までを振り返り、同期が結果を残す姿や自分たちの敗退を経験しながら、トリオでの手応えを少しずつ持つようになったと話しています。
3人で組んですぐに劇場へ上がり、『笑ラウドネスGP』などへ呼ばれても、たっぺいさんは一つの結果だけで「もう大丈夫」とは考えていませんでした。
本人が「もうさすがに大丈夫かな」と感じられたのは、2024年にキングオブコント決勝進出が決まってからでした。
「近距離でキャッチボール」の発想からコント「部屋練」が生まれる
2024年のキングオブコントで披露し、cacaoを広く知られるきっかけの一つになったネタが「部屋練」です。
狭い室内で野球の練習をする設定ですが、その発想を持ってきたのがたっぺいさんでした。
近い距離でキャッチボールをしたら面白いのではないかという着想からネタが組み立てられ、3人のやり取りへ形を変えていきました。
「『部屋錬』を考えたのはたっぺいです。」
DOMOぱど・浦田スタークのコメント
子どものころは漫画家になりたくて絵を描き、NSCでは8分のネタを2分のネタ見せへ持ち込み、7ワープ時代には自分でもネタ作りが分かっていなかったというたっぺいさんが、このころにはcacaoのコントの原案を継続して作る立場になっていました。
そのネタを持って、cacaoは2024年に初めてキングオブコント決勝へ進みます。
2024年に初のKOC決勝進出|7位でも次の仕事へつながった
『キングオブコント2024』は大会史上最多だった3139組がエントリーし、cacaoはその中から初めてファイナリスト10組へ入りました。
決勝では7位となり、上位3組が進むファイナルステージには届きませんでした。
たっぺいさんはネタを終えた直後にはやり切った感覚があったものの、その後すぐに悔しさが出てきたと語っています。
ただ、大会翌日に大阪の漫才劇場へ入ると、楽屋にいた芸人たちが拍手で3人を迎えたという出来事がありました。
さらにcacaoのYouTubeチャンネルにもコメントが一気に増え、たっぺいさん自身がキングオブコントの影響の大きさを感じています。
優勝ではなく7位でしたが、決勝に立ったことで劇場の外からcacaoを見る人が一気に増えました。
KOC後のcacao|NGK単独と新しい漫才への挑戦
キングオブコント決勝後も、cacaoの活動の中心からコントが消えたわけではありません。
むしろ新ネタを作って単独ライブで披露するスタイルを続けながら、以前には少なかった形の仕事にも挑戦するようになります。
KOC後に単独ライブを重ね、なんばグランド花月へ
cacaoは以前から単独ライブで新ネタを下ろすことを基本としており、KOC2024後の2024年12月にも「conte good!」を開催しました。
そして2026年4月29日には、大阪・なんばグランド花月で単独ライブ「JON」を開催します。
「JON」はチケットが完売し、プロジェクションマッピングを使った演出も含め、本編のコントはすべて新ネタで構成されました。
その公演はDVD化され、2026年8月12日に発売されています。
2024年のKOC決勝前、たっぺいさんは今後やってみたい仕事として「NGKで単独ライブがしたい」と話していましたが、それから約1年半後には実際にその舞台へ立ちました。
2026年は全編新ネタの「JON」とytvでの漫才にも挑戦
コントを続ける一方、2026年2月には『ytv漫才新人賞決定戦 ROUND3』へ初出場しました。
普段ほとんど漫才をしていないcacaoが選んだのは、もともとコントとして作っていた「赤ちゃん」を、3人のしゃべくり漫才へ作り直す方法でした。
たっぺいさんは、元のコントが会話中心で少し地味に感じていたため、漫才へ変えられるのではないかと考えています。
「普段はコントばかりやっているので、僕は新鮮で楽しかったです。」
Lmaga.jp
ROUND3では11位で決定戦進出を逃しましたが、たっぺいさんは再び声がかかればytvにも出たいと話しており、コントだけに形を固定しているわけではありません。
キングオブコントでは2025年に準々決勝で敗退した後、2026年は再び準決勝進出を決めました。
2026年8月17日に発表された準決勝35組にcacaoが入り、9月3日・4日の準決勝を控えています。
高校時代に高橋さんへ自分から話しかけたところから始まった関係は、2人組の7ワープ、浦田さんを加えたcacaoを経て、現在も新しいネタを作る3人組として続いています。
漫画家に憧れていた大阪・柏原の少年は、大学時代に高橋さんを何度もNSCへ誘い、自分も大学と養成所を行き来しながら芸人生活を始めました。
結果の出なかったコンビ時代には浦田スタークさんへ自分から声をかけ、3人になってからはネタ作りの方法そのものを変えながら、2024年にキングオブコント決勝へたどり着きました。
2026年にはNGKで全編新ネタの単独ライブを開き、漫才にも挑戦し、再びキングオブコント準決勝へ進むなど、たっぺいさんは今もcacaoの新しいコントを作り続けています。












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