かみちぃの生い立ちと家族|小6で芸人を決意、M-1甲子園からジェラードン結成まで

人物プロフィール

本名
上村宜史
生年月日
1987年7月24日
身長
172cm
血液型
AB型
出身地
宮崎県 高鍋町
コンビ・グループ名
ジェラードン
相方・メンバー
アタック西本
結成年
2008年
所属事務所
吉本興業
養成所・スクール
NSC東京校 12期

ジェラードンのコントで、アイドル志望の女性や強烈な学生、独特の動きをする人物まで演じるかみちぃ。

現在はアタック西本との2人体制でジェラードンを続けていますが、その芸人人生は宮崎県高鍋町で暮らしていた少年時代から始まっています。

高校ではバスケットボール部に所属する一方、文化祭になると漫才や一人コントを披露し、高校生のお笑い大会にも出場していました。

芸人になろうと決めたのは小学6年生ごろで、授業参観で笑いを取ったことが直接のきっかけでした。

高校卒業後はNSC東京校12期へ進み、そこで出会ったアタック西本と海野裕二に何度断られても加入を頼み続け、やがてジェラードンの3人がそろいます。

かみちぃの生い立ちと家族|高鍋町で育ち、小6で芸人を決意

かみちぃは宮崎県児湯郡高鍋町で育ちました。

現在の吉本興業公式プロフィールでも高鍋町出身と紹介されており、東京で芸人になった後も故郷とのつながりは続いています。

宮崎県高鍋町で育つ|母親・兄・実家の猫との家族エピソード

幼いころの家族について特に具体的な場面が残っているのは母親とのやり取りで、のちに芸人を目指す決定的な一日にも母親が登場します。

兄については、2021年に行われたジェラードンのトークライブで写真を交えて語ったことがあり、よしもと有楽町シアター公式のライブレポートではバンドマンで、ビジュアル系を思わせるファッションをしていた兄として紹介されています。

西本がその兄をライブへ呼びたがるほど話が盛り上がり、ジェラードンのトークの題材になる家族でした。

猫好きも昔から続く身近な一面で、吉本興業の公式プロフィールには実家で7匹の猫を飼っていると記載されています。

小学6年の授業参観で大ウケし、その日に「芸人になる」と決める

かみちぃがお笑い芸人という仕事をはっきり意識したのは、まだ小学生だったころです。

小学6年生ごろの授業参観で出し物をすることになり、当時見ていたNHK『爆笑オンエアバトル』に登場した芸人のネタを覚えて披露しました。

親に見られていると恥ずかしくて思い切ってできないと考え、授業参観には来ないよう頼んでいたため、本番では思い切って演じることができたそうです。

そのネタが教室で大きくウケ、家へ戻ると、母親のところには周囲から「吉本に行かせたほうがいい」という趣旨の電話までかかっていました。

「僕は2人と違って、小学生の時から芸人になると決めていました。」

bizSPA!

そこで母親にも芸人になるつもりだと伝え、授業参観で笑いを取ったその日に、将来の進路が決まりました。

ナインティナインからロバートへ|テレビのお笑いに夢中になった少年時代

宮崎でテレビのお笑い番組を見ながら育ったかみちぃが好きになったのが、まずナインティナインでした。

『めちゃ×2イケてるッ!』を見てナインティナインを好きになり、その後『はねるのトびら』が始まると、今度はロバートに強く惹かれていきます。

小学校の授業参観で使った『爆笑オンエアバトル』を含め、テレビで見ていた笑いを自分でも演じてみる時間が、少しずつ学校の外へ広がっていきました。

かみちぃの学生時代|バスケと文化祭、M-1甲子園へ

中学から高校へ進んでも、お笑いへの興味は消えませんでした。

一方で学校生活ではバスケットボールに打ち込み、文化祭や学校行事になると人前へ出るという、現在の舞台上とは少し違う学生生活を送っています。

普段は静かでも生徒会・学級委員長・体育祭団長を務めていた

高校時代のかみちぃは、いつも教室の中心で騒いでいるタイプだったわけではありません。

生徒会、学級委員長、体育祭の団長を務める一方、普段のクラスでは静かにしていたと本人が語っています。

「クラスでは静かなのに、文化祭になったら漫才やったり、ひとりコントやったり」

TV Bros. WEB

舞台や行事でスイッチが入ると前へ出る姿は、同級生との日常とは別の顔でした。

西都商業バスケ部|強豪・延岡学園に223対24で敗れた試合

高校は宮崎県立西都商業高校へ進み、バスケットボール部でプレーしていました。

後年テレビで振り返った高校時代の試合には、県内の強豪だった延岡学園との対戦があります。

結果は223対24という大差で、当時の得点板は百の位を表示できなかったため、相手が200点に達すると表示が一度0へ戻り、一瞬だけ接戦のように見えたという話まで残っています。

バスケットボールは高校卒業とともに終わった趣味ではなく、現在の吉本興業公式プロフィールでも週1~2回練習へ行くほど続けているものとして紹介されています。

文化祭では漫才と一人コント|バスケ部後輩と「ゆずぽん」を結成

学校行事では一人コントだけでなく、友人たちの前で漫才も披露していました。

さらにバスケットボール部の後輩と「ゆずぽん」というコンビを組み、高校生を対象としたお笑い大会へ挑戦します。

小学生の授業参観ではテレビのネタをコピーしていた少年が、高校生になると自分たちのコンビ名を掲げて大会へ出るところまで進んでいました。

M-1甲子園宮崎予選で「いぬ」と出会う

「ゆずぽん」で出場したのがM-1甲子園の宮崎予選でした。

その会場には、後に同じ吉本興業で芸人になる「いぬ」の太田隆司と有馬徹も別の高校から出場していました。

いぬ側の高校からは複数組が出場し、応援に来た生徒も多かったため、客席から大きな笑いが起こるのを見たかみちぃは、自分たちの出番を前にかなり緊張していたと後年の3人の対談で振り返っています。

高校生だった宮崎の大会で顔を合わせた彼らは、その後それぞれ東京へ出て芸人となり、ライブで再び会うことになります。

高校卒業後にNSC東京12期へ|芸人になるため宮崎を離れる

高校生活の終わりが近づいても、かみちぃが小学生のころに決めた進路は変わりませんでした。

卒業すると宮崎を離れ、吉本興業の芸人養成所であるNSC東京校へ進みます。

高校卒業後すぐNSCへ

本人は、小学生のころから芸人になることだけを考えてきたため、高校を卒業するとそのままNSCへ入ったと明かしています。

吉本興業の公式プロフィールではNSC東京校12期生と記載されており、ここからプロの芸人になるための生活が始まりました。

高校時代まで宮崎でバスケとお笑いを続けていた生活から、東京でネタ見せを受ける毎日へと環境が大きく変わります。

渡辺直美・ジャングルポケットらと同じ東京12期

東京12期には渡辺直美やジャングルポケットなど、その後テレビや劇場で活躍する芸人たちもいました。

そして同じクラスにいたのが、愛知県から上京していた西本武徳と海野裕二です。

西本と海野は高校時代からの同級生で、すでに2人でコンビを組んでおり、宮崎から一人でやって来たかみちぃとはスタート地点が違っていました。

何人かとコンビを組むも「しっくりこない」時期が続く

かみちぃもNSCで相方を探し、何人かとコンビを組んでみました。

しかし本人によれば、どの組み合わせでもしっくりこず、その間ずっと気になっていたのが同じクラスの西本と海野でした。

2018年のインタビューではNSC時代の自分を「ピンだった僕」と表現しており、固定した相方を得られないまま、西本と海野のコンビを見続けていた時期がありました。

2年間で8回頼んでジェラードンへ|西本・海野との出会いと結成

ジェラードンの結成は、養成所で出会った3人が自然に意気投合して始まったものではありません。

むしろ、かみちぃがすでに出来上がっていた2人のコンビへ入りたいと繰り返し頼んだことから始まっています。

同じクラスの西本と海野を見て「この2人に入りたい」と思う

同じNSCのクラスで西本と海野を見ていたかみちぃは、2人を一方的に「面白い」と感じていました。

自分でも何人かと組んでみたものの納得できず、次第に「この2人に入りたい」という気持ちが強くなっていきます。

西本と海野は高校時代から一緒だったため、そこへ後から一人加わろうとする形でした。

海野とは同じ居酒屋で働き、家も近い友人に

3人の中でも先に距離が縮まったのは海野でした。

かみちぃと海野は同じ居酒屋でアルバイトをしており、住んでいた場所も近かったことから、NSCの外でも一緒にいる時間が増えていきます。

その関係もあり、かみちぃが「入れてくれない?」と持ちかけたとき、海野は比較的すんなり受け入れる側でした。

一度決まった加入が白紙に|西本が夜中にコーラを持って断りに来る

最初の相談では海野だけでなく西本も了承し、翌日のNSCの授業で3人によるネタ見せをする話まで進みました。

ところが、その日の夜に西本が突然かみちぃの家へやって来ます。

西本の手には、かみちぃが好きだったコーラが1本ありました。

そこで「やはり海野と2人でやっていきたい」と伝えられ、決まりかけていた加入は一度白紙になりました。

西本は後年、名古屋から出てきた時点で海野とのコンビで売れるつもりだったことに加え、海野をかみちぃに取られるような感覚まであったと振り返っています。

「相方を取られちゃうみたいな。」

bizSPA!

2年間で約8回アタック|3人で出たライブで1位を獲得

一度断られても、かみちぃは西本と海野への加入を諦めませんでした。

別の相手とも組みながら、それでも2人と一緒にやりたいと考え、約2年間で8回ほど加入を申し入れています。

やがて西本も折れ、まず一度だけ3人でライブへ出ることになりました。

そこで出された条件が、最初の3人ライブで1位を取れたら組むというものでした。

3人はそのライブで本当に1位を取り、そのまま一緒に活動することになります。

「1位になったんですよ。そのまま継続みたいな。」

bizSPA!

2008年10月にジェラードン結成|名前はスティーヴン・ジェラードから

吉本興業の公式プロフィールでは、ジェラードンの結成年月は2008年10月とされています。

コンビだった西本と海野へかみちぃが加わり、ここで3人組としてのジェラードンが正式に始まりました。

グループ名は、イングランド代表でも活躍したサッカー選手スティーヴン・ジェラードの名前に由来します。

小学生で芸人になると決めてから、高校のM-1甲子園、NSC、2年間の加入交渉を経て、ようやく現在へ続くグループができました。

ジェラードンの若手・下積み時代|アルバイトをしながらコントを続ける

ジェラードンが結成されたからといって、すぐテレビの仕事だけで生活できるようになったわけではありません。

劇場やライブへ出演しながらアルバイトを続け、コントの形も少しずつ変化していきました。

居酒屋の焼き台担当|注文が殺到すると逆にゆっくり焼いてしまった

かみちぃが経験した複数のアルバイトの中で、本人が特に覚えているのが海野と働いていた居酒屋です。

担当していたのは厨房の「焼き台」で、焼き鳥などを焼いていました。

注文が一度に大量に入ると頭が追いつかなくなり、急がなければならないはずなのに、逆に一本一本をゆっくり丁寧に焼き始めてしまったことがあったそうです。

接客を含めさまざまなアルバイトを経験し、仕事場で見た人や会話が芸人になった後に役立つこともあると語っています。

若手期に固まっていった、西本・かみちぃのW大ボケ

ジェラードンのコントは、3人で活動を続ける中で海野がツッコミ、西本とかみちぃがボケという形がはっきりしていきました。

2017年の取材ではすでにその担当で紹介されており、学生やアイドルなど、西本とかみちぃが強い人物を演じ、海野が受け止めるキャラクターコントが目立つようになります。

後年、海野が休養して2人になった際にかみちぃが「ツッコミがいないと終わりがこない」と話していることからも、3人体制では海野のツッコミがコントの進行に大きな役割を持っていました。

「おもしろ荘」に出ても、アルバイト生活は続いていた

2015年には日本テレビ系『ぐるぐるナインティナイン』の「おもしろ荘」へ出演し、テレビでジェラードンを見かける機会も出始めます。

それでも若手時代はアルバイトとの生活が続き、2018年のインタビューでも、かみちぃは芸人として知られるようになりたいという話の中でアルバイトを辞めたいと口にしていました。

「かみちぃは、普段おとなしくて一番真面目」

Seventeen-Web

これは西本が当時のかみちぃについて語った言葉で、舞台上で派手なキャラクターへ入り込む姿とは違い、普段は静かな一面が同期時代から続いていました。

2016〜2017年に芸風が変化|角刈りとW大ボケで客席の反応が変わる

長く劇場へ出続けていたジェラードンに、客席の反応が変わる出来事が起こります。

後年3人が転機として挙げているのが、アタック西本の見た目と意識が大きく変わった時期です。

沖縄での1か月をきっかけにアタック西本が角刈りへ

2021年のインタビューで西本は、その約5年前、3人で劇場の仕事をするため沖縄へ1か月滞在したときに意識が変わったと話しています。

沖縄へ入って2日目、西本は「やらな」という気持ちから、それまでの髪型をやめて角刈りにしました。

かみちぃ自身も七三分けになり、年齢を重ねた2人の見た目と強いキャラクターが、コントの中で目立つようになっていきます。

SNSの反応からライブのウケまで変わり始める

西本が角刈りになった姿をSNSへ載せると、東京にいた芸人仲間から「面白い」という反応が返ってきました。

変化はSNS上だけにとどまらず、実際のライブでも客席の反応が違ってきたとかみちぃは振り返っています。

「そこからすごく変わった感じがします。明らかにウケが変わりました。」

マイナビニュース

見た目を変えたことを境に、2人の強いキャラクターを前面に出すジェラードンのコントが客席でより大きく反応されるようになりました。

∞ホール最上位へ昇格し、667組のBAKE-MONでも優勝

変化が結果にも表れたのが2017年でした。

7月31日にはヨシモト∞ホールの「ファースト∞ブレイクスルーチャレンジ」を勝ち抜き、劇場ランキング最上位のファーストメンバーへ昇格します。

さらに11月12日には、次に大きく飛躍する若手芸人を選ぶオーディション「BAKE-MON」で、予選参加667組の頂点に立ちました。

決勝では地下アイドルの握手会を題材にしたコントを披露し、千原ジュニア、中川家、ケンドーコバヤシらが審査する中で優勝しています。

それまでキングオブコントでは早い段階で敗退する年も続いていたため、2017年は劇場の順位とネタバトルの両方で結果が出た年になりました。

2018年から大宮セブンへ|劇場で活動を続ける

2018年3月にヨシモト∞ホールを卒業すると、同年7月には大宮セブンへ加入しました。

囲碁将棋、GAG、すゑひろがりず、タモンズ、マヂカルラブリーらと大宮ラクーンよしもと劇場を中心に活動するようになり、テレビ以外にも継続してネタや企画へ出演できる場所ができます。

かみちぃのバスケ好きは大宮でもネタになり、メンバーに大宮での屋号を付ける企画では、バスケットボール漫画『SLAM DUNK』の人物名から「三井寿」と命名されたことを本人もXで報告していました。

週4本のYouTubeコントからキングオブコント2021決勝へ

劇場でコントを続ける一方、ジェラードンの活動をさらに広げたのがYouTubeでした。

投稿内容をコントへ絞り、大量に新しい設定を作り続ける生活が始まります。

YouTubeを「コントだけ」に変えて週4本を制作

ジェラードンのYouTubeは当初から現在の形だったわけではなく、企画なども投稿していました。

そこで西本が、チャンネルを見に来れば毎回コントが見られる状態にしたほうがいいと提案し、投稿する内容をコントへ集中させます。

最初はかみちぃと海野も別の企画をやりたい気持ちがあったものの、最終的には西本の案を受け入れました。

その結果、週4本のコントを投稿するという制作ペースが生まれます。

毎週ネタを作る生活でコントへの向き合い方が変わる

週4本を公開するには、少なくとも週に一度撮影を行い、そのたびに複数の新しいコントを用意しなければなりません。

単独ライブや新ネタライブの1〜2か月前になってから新作を考えていたころと違い、ネタを作る締め切りが毎週やって来る生活になりました。

「常にコントを考えなきゃって脳にはなりましたね。」

bizSPA!

動画用だからと舞台と完全に切り離されていたわけではなく、海野も2021年のキングオブコント決勝進出時、週4本の動画で常にコントを作るようになったことを決勝へ進めた要因の一つとして挙げています。

長い挑戦の末、キングオブコント2021で初の決勝へ

ジェラードンはキングオブコントに挑み続けていましたが、かみちぃによれば1回戦で敗れ、再エントリーでも再び敗れた年や、2回戦で止まり続けた時期もありました。

2019年、2020年には準決勝まで進み、2021年には参加3015組の中からファイナリスト10組へ入り、結成13年目にして初めてキングオブコント決勝へ進出します。

決勝で披露したのは、西本の角刈りとかみちぃのキャラクターが強く表れるコント「角刈りガール」でした。

小さなライブから始まった3人のコントが、キングオブコントの決勝まで届いたのが2021年でした。

3人から2人のジェラードンへ|かみちぃの現在

キングオブコント初決勝から間もなく、ジェラードンには結成以来とは違う活動形態が訪れます。

海野の休養によって、西本とかみちぃのボケ役2人だけで仕事を続ける時間が始まりました。

海野の休養中も西本と2人で活動を継続

吉本興業は2021年12月、海野が体調不良のため一時休養すると発表し、ジェラードン3人での活動を休止する一方、西本とかみちぃは活動を継続するとしました。

それまでツッコミの海野を挟んで2人が強いキャラクターを演じていたため、最初は「ボケ2人」という状態そのものが新しい形でした。

しかし実際にネタやロケを続けると、ツッコミがいなければ会話の終わりが作りづらく、かみちぃがツッコミへ回る場面が増えていきます。

「16年目にして初めてツッコミに挑戦するという」

Lmaga.jp

西本は同じインタビューで、かみちぃについて3人の中で最も普通の感覚を持つ人物だと話す一方、どんなキャラクターにも入れることを高く評価していました。

2025年に海野が脱退|かみちぃがツッコミも担う形へ

海野は休養と復帰を経て、2025年1月6日に約3年ぶりに3人そろって舞台へ復帰しました。

ところが翌2月、海野はジェラードンを脱退し、吉本興業とのマネジメント契約も終了することになりました。

かみちぃは3人で話し合った末の形だと説明し、海野との関係について短い言葉で記しています。

「海野とは普通の友達に戻ります。」

ENCOUNT

吉本興業の現在のジェラードン公式プロフィールにはアタック西本とかみちぃの2人が掲載されており、結成年月は3人で始めた2008年10月のまま引き継がれています。

かみちぃは2人体制について、休養中から約3年間一緒に動いていたため形はできていたものの、海野が戻らないと決まったことで自分がツッコミを担わなければならないという気持ちが強くなったと語っています。

かつて西本とともにボケを担っていたかみちぃは、2人のジェラードンではボケとツッコミの両方を行き来するようになりました。

若手時代に出会った山田愛実と15年以上の交際を経て結婚

私生活では2025年6月、当時TEAM BANANAで活動していた芸人の山田愛実との結婚が発表されました。

2人が知り合ったのは結婚直前ではなく、山田がデビューして間もない若手時代にライブで共演したことがきっかけでした。

その後15年以上交際しており、2017年のジェラードンへのインタビューでも、すでに山田と暮らしていることが紹介されていました。

高校卒業後にNSCへ入り、アルバイトとライブを続けていた時期に始まった関係が、長い若手生活やジェラードンの変化を経た後まで続いていたことになります。

バスケ・K-POP・故郷の高鍋町との関係も続く

芸人になった後も、高校時代まで続けていたバスケットボールは生活から離れていません。

吉本興業公式プロフィールには現在も週1〜2回練習へ行き、3ポイントシュートを得意としていることが記載されています。

もう一つ長く続いているのがK-POPで、SUPER JUNIORのファンクラブに入り、日本公演へ足を運ぶほか、自らK-POPのカバーダンスを長時間踊る劇場ライブを開くほど好きなことを公言しています。

故郷との関係では、現在高鍋町ふるさと応援大使を務めており、東京へ出てからも宮崎や高鍋町を訪れる様子を発信しています。

宮崎県高鍋町でテレビのお笑いを見ていた少年は、小学6年生の授業参観で初めて大きな笑いを取り、芸人になる進路を選びました。

高校のM-1甲子園、NSC、2年間で約8回に及ぶ加入交渉を経てジェラードンへ入り、アルバイトと劇場の日々から2017年の転機、YouTube、キングオブコント決勝まで進んできました。

3人で始まったジェラードンは現在2人となり、かみちぃもボケだけでなくツッコミを担いながら、アタック西本とコントを続けています。

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